ただ、最近はタイ人の中で海賊版がどうのというよりも、ニセモノを使って問題が起きたときに損をするのは自分だという考えが出てきている。
例えば、海賊版とはちょっと違うが、正規輸入品と並行輸入品などでは、以前のタイ人なら安さを基準に選んでいたので並行輸入品でもいいという人が圧倒的多数だったが、近年は万が一の故障を考えて補償のある正規品を正規店で買おうとする人が多くなってきているのだ。
また、特にパソコンソフトはディスクに焼かれたものをインストールすることはなく、ネットでダウンロードするのがタイでも普通になっている。海賊版の入る余地が減ってきているのもある。
そんな事情もあって、海賊版を売るような店は徐々に淘汰されてきている。海賊版ソフトのメッカとされた、バンコクの秋葉原「パンティッププラザ」も歩けばぶつかってしまうほどにいた海賊版ショップの呼び込みがほとんどいなくなった。
タイも海賊版は、少なくともIT関係においては消滅しつつあるのかと思っていたが、特にアングラな電脳街でもない、ごく普通の家電量販店で久々に出くわした。
ある日、筆者のパソコンが完全に壊れてしまった。ノートパソコンでありながらも7年も使っていて寿命を迎えたのだと思う。そこでタイの家電量販店に行き、パソコンを物色した。
今回参考にしたHPのパソコンのスペックと価格(取材時)。3年間無償修理保証もつく
タイでは「AcerやLenovoが価格的に人気で、HPを本当はほしいという人がタイ人には多いです」(店員)というが、HPは価格的にAcerやLenovoより高いので、店頭ではOSが入っていない状態で販売され、見た目上はライバルメーカーに近い価格が表示されている。
店頭価格56335円(取材時の為替レートで換算)のHPのパソコンの価格について、Windows10を入れたものの価格を店員に聞いてみた。ちなみに、日本での販売価格はWin10同梱で75384円程度である。
A店の店員は、「本体にプラス2653円で、合計58988円です」と言う。しかし、B店の店員は「本体にプラス13230円で、合計69565円です」と言う。さらにC店でも聞いてみると、ここもB店とほぼ同じ価格だという。日本でのWin10の価格が16590円なのを考えると、B店、C店は納得がいく。しかし、A店の2653円とはどういうことなのか?
疑問に思ってC店の店員に聞くと、こともなげにこう答えた。
「それは間違いなく海賊版ですよ。もちろん店では推奨していないでしょう。会計は別にして、パソコン本体は店の売り上げに、800バーツは店員の懐に入るのです」
タイの店員は給与が低い。そのため、そういった手法で小遣い稼ぎをしているのだという。昨年タブレットPCを筆者が購入したときも、画面に貼るフィルムやバッグなどは正規品ではなく、店員が懇意にしているショップを斡旋してきた。このC店の正直に教えてくれた店員も、彼に頼めば海賊版ウィンドウズ10をインストールしてくれると言った。現にオフィス365を同時に買うことにしたのだが、「こちらはアップデートはできないですけど、本物を使う必要あります? ニセモノのほうがいいのではないですか」と勧めてきたほどだ。
劇的な経済成長でどんどん「かつての混沌としたアジア」感を、いい意味でも悪い意味でも失いつつあるタイ。海賊版の淘汰もそうした変化の中では当然のことであるが、まだまだ現場においての認識はこのレベルなのであろうか……。
取材・文・撮影/高田胤臣(Twitter ID:
@NatureNENEAM)