痴漢事件を不起訴処分にしようと思った際、もっとも重要になるのは、“被害者との和解”だ。
被疑者の無実を証明する証拠や証人というものは、見つかれば大いに有利だが、必ず見つかるという保証はない。痴漢という犯罪は基本的に加害者が被害者を触る行為である。
確かに触ったのであれば、被害者の衣服の繊維片が加害者の手に残るとか、“痴漢をやった物的証拠”というものは探そうと思えば探せる。しかし、“痴漢をやらなかった物的証拠”は探しようがないことが多い。
また、痴漢が発生するようなラッシュアワーの電車やバス車内で、自分以外の人の動きなど見えないし、見たとしてもそれをずっと覚えている人など滅多にいない。
したがって、証拠や証人を逮捕・勾留された頃に探すのは極めて困難だと言える。そこで、不起訴を勝ち取るために有効なのが弁護士の立ち会いのもと、被害者と和解し、被害届を取り下げてもらうか、厳罰を望まないという主旨の上申書を検察の検事宛に書いてもらうことだ。
痴漢の容疑が強制わいせつ罪であった場合、この犯罪は親告罪なので、被害者が被害届を取り下げた時点で事件そのものが消滅する。そうなれば起訴不起訴以前に身柄は釈放されるし、当然無罪放免である。
掛けられた容疑が迷惑防止条例違反だった場合は、被害届が取り下げられたという理由で刑事手続きは終わらない。しかし、不起訴処分になる可能性は極めて高くなるだろう。上申書を書いてもらうのも同様の効果がある。
もっとも弁護士の中には、被害者との示談交渉を基本料金に含まず、オプション料金にしているケースがけっこうあるようだ。その相場は10万~20万円であるが、示談に掛かる費用はそれだけでは終わらない。被害者という立場になった人間は「“誠意”を見せろ」というのが定番だ。
そこで支払われるのが、いわゆる“示談金”だが、痴漢事件の場合、10万~30万円程度が相場になる。被疑者の中にはそれ以上の金額を請求してくるケースも珍しくない。そうした要求をマイルドに拒否し、相場に合った金額で示談を成立させるのも弁護士の腕だと言えるだろう。
というように、示談を成立させ、被害届を取り下げさせたり、上申書を書いてもらうために掛かる経費は、示談金プラス弁護士のオプション料金で、20万~50万円程度だ。
しかし、近年、刑事手続きでは被害者のプライバシー保護という名目で、警察や検察が被害者の個人情報を開示しないことも多い。被害者情報を秘匿するのは、被害者の住所を知った被疑者が、被害者と直接会って脅したりするのを防ぐ効果はあるが、最近は被害者の弁護人にも警察・検察は被害者情報を明かさないのだ。
そういった難交渉を事故なくまとめ上げるためにも、弁護士選びは欠かせないといえよう。次回も、痴漢事件の際の上手な弁護士選びについて述べたいと思う。
<文/ごとうさとき>
【ごとうさとき】
フリーライター。’12年にある事件に巻き込まれ、逮捕されるが何とか不起訴となって釈放される。釈放後あらためて刑事手続を勉強し、取材・調査も行う。著書『
逮捕されたらこうなります!』、『
痴漢に間違われたらこうなります!』(ともに自由国民社 監修者・弁護士/坂根真也)が発売中