痴漢の罪を認めると、取調べを担当している刑事から「略式にしてはどうだ?」と話を持ちかけられる。そして、その刑事が作った供述調書にサインすると、今度はすぐに検察庁に送検される。
検察庁に事件が送検されると、検事からの取調べを受けることになるが、その時にもう一度略式手続きに関して説明がされる。略式手続きで事件を終わらせるには、
・有罪であることを認めること
・公開裁判をしないこと
という条件に同意することで、公式な裁判を略して書類だけで刑事手続きが終わるのだ。
検事からそうした説明を受けて、出された条件に同意すると、後は罰金を期日までに納付するのを条件に釈放され、最短では逮捕された当日、遅くとも逮捕のタイムリミットである3日目までには自由の身となる。この制度はそれほど特殊なケースではない。交通違反の“赤切符”を切られた場合、それを持って出頭し、あちこち窓口をたらい回しされた後、最終的に罰金の納付書を受け取って終わるというのとほぼ同じだ。
交通違反と痴漢事件との違いは、逮捕されるかどうかだ。しかし、一定期間身柄の自由を奪われた上、外部との連絡が出来なくなる状態に置かれる逮捕は、交通違反とはえらい違いであるのも事実だ。
さらに容疑を否認した場合、今度は“勾留”という身柄拘束が続く可能性もある。
逮捕だけなら最長でも72時間しか身柄拘束ができない。そのため、警察に身柄が拘束されて、外部と連絡が取れなくなったとしても、シャバに戻ってからいくらでも言い訳は可能だ。会社や学校、上手くごまかせば一緒に暮らす家族にすら、痴漢で捕まったことを隠せるだろう。
しかし、勾留されてしまうと、最長で20日間はシャバに戻れないかもしれないのだ。そうなれば、もはや会社や家族に自分が痴漢で捕まったことを隠し通すことは不可能だ。
痴漢冤罪事件に巻き込まれた場合、一番早く事件を終わらせて社会復帰する方法は、冤罪を被ってさっさと略式手続きでシャバに戻るという方法なのである。
もちろん、それは真実を追究するという社会正義には反した行為であると同時に、やってもいない痴漢の罪を背負い込むという屈辱的な決断だ。またこの略式で下される罰金は30万円程度になるのが相場であり、突然の出費としては結構大金である。
とはいえ、痴漢冤罪事件が多発し、裁判でも無罪判決が少ないながらも出るようになって、鉄道会社の駅員をはじめ警察や検察も、一方的に被害者の証言だけで、容疑者を最初から犯人扱いするという偏重捜査は改められつつある。特に都市部の裁判所は、痴漢事件に関して被疑者の勾留請求を却下するようになったのである。
被疑者が容疑を否認していても勾留却下されることが多くなったので、早くシャバに戻りたい一心で冤罪を被る必要はなくなったともいえる。もっとも勾留されなくなったといっても、それは事件が在宅捜査になったということで、事件そのものが終わったわけではない。
事件捜査はまだ継続中なので、最長3日の逮捕による身柄拘束が終わってシャバに戻ったとしても、取調べのために検察庁などへ出頭しなければならないし、起訴されれば今度は裁判所へ出廷しなければならない。そして、有罪判決が出れば、普通は罰金刑が下されるので、それを納めることでようやく事件は終わるのである。
検察や裁判所の呼び出しは、間違いなく平日昼間だ。重大事件ではないので、そうそう連日呼び出しが来るわけではなく、せいぜい数週間か数か月に1回である。しかし、出頭日の変更は基本的に不可なので、取調べや裁判に行くために会社や学校を休まなければならない。
その点、さっさと冤罪を被ってしまえば、略式手続きでシャバに戻った時点で、完全に“自由”だ。どちらを選ぶかは、やっぱり自分自身の選択なわけだが、こんな難しい選択はホントに痴漢の冤罪を着せられてから迷っていても手遅れである。普段からもし痴漢だと疑われたらどうするかを考えておこう。
<文/ごとうさとき>
【ごとうさとき】
フリーライター。’12年にある事件に巻き込まれ、逮捕されるが何とか不起訴となって釈放される。釈放後あらためて刑事手続を勉強し、取材・調査も行う。著書『
逮捕されたらこうなります!』、『
痴漢に間違われたらこうなります!』(ともに自由国民社 監修者・弁護士/坂根真也)が発売中