この知見は次のような研究にも応用され、犯罪捜査の実務に活かされています。
子どもが失踪してしまい、情報提供をテレビカメラの前で訴える両親をテレビで見たことがあるかも知れません。両親は悲しみ表情で子どもに関する情報提供を呼びかけています。
こうした親たちの表情分析の結果から、子どもの失踪にその親が関わっている場合には(自らの手で子どもを殺害しているケース含む)、眉の内側ではなく、眉全体が引き上げられる傾向ならびに口角が引き上げられる傾向が観察されています。これはハノ字眉を演技しようとしても上手くいかないという理由と騙す喜びという心理(後述)が関わっていると考えられます。
注意としては、この傾向は両親が悲しみ表情を抑制していないときに限られます。悲しみ表情が抑制されるときは(例えば、お葬式の挨拶をする場面などでは、泣いてしまい挨拶できなくなると困るため、悲しみは抑制されることがあるでしょう)、悲しみ表情を形作る表情筋の一部の動きしか生じない場合の方が普通なため、こうした場合、ハノ字眉の有無で悲しみの真偽を判断することは出来ません。
二つ目の方法は、悲しみ表情の隙間に漏れ出る微表情に注目する方法です。
ハノ字眉を意図的に作ることが難しいと言っても、世の中には本当に演技が得意な人もいます。感情移入することで本当の悲しみ表情が形成されてしまうことがあります。そんなときは、悲しみという文脈に合わない感情の表出に注目します。典型的なものとしては笑顔です。
悲しみや落胆した表情で嘆いている人物の表情の隙間から、一瞬だけ幸福の微表情が漏れ出ることがあります。こうした場合、注意が必要です。ウソをつくときに生じる幸福感情を騙す喜びと呼びますが、その可能性が疑われます。悲しみの文脈でなぜ幸福の微表情が生じたのかを精査する必要があります。
ハノ字眉や微表情の有無によって瞬時にウソを見抜くことは出来ませんが、表情分析のこうした知見を知っておくと「あれ?なんかおかしい?」のアンテナが鋭くなります。情に流されやすそうな場面で今回の記事を思い出して頂ければ、痛手を防げるかも知れません。
問題の答え:Aの表情が真実の悲しみ表情です。眉の内側が引き上げられ、ハノ字眉が出来ています。真実の悲しみが自然に現れる場合、この表情に涙が加わります。
参考文献
Leanne ten Brinke, Stephen Porter, Alysha Baker.“Darwin the detective: Observable facial muscle contractions reveal emotional high-stakes lies,”Evolution and Human Behavior 33(2012): 411-416.
〈文・清水建二 写真・ぱくたそ〉
【清水建二】
株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『
「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『
0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』飛鳥新社がある。