アベノミクス継続の危険度、そして日本が進むべき道とは?――行動派経済学者・小幡績氏に聞く

 2014年7~9月期の実質GDPの対前期比率成長率が-0.4%(年率-1.6%)となり、4~6月期の-1.9%(年率-7.3%)に続き、2期連続のマイナス成長ということで海外メディアが「リセション(景気後退)」と報じたり、国内でもアベノミクスに否定的な人からは「危惧されていたスタグフレーションに突入した」という声が聞かれる他、リフレ派も「消費税増税が致命的失敗だった。このままではアベノミクスが失敗する」という非難の声が聞かれるなど大きな衝撃を持って受け止められた。  果たして、このGDPの落ち込みは海外メディアが言うように「リセッション」の始まりだったり、アベノミクス否定派が言うような「スタグフレーション」に繋がりかねない自体なのだろうか?  慶應大学准教授の小幡績氏に聞いた。 ⇒【前編】アベノミクス下の「GDP二期連続マイナス」が意味するものとは?(http://hbol.jp/14107)  その意味で、小幡氏が「極めてマズイ」と評価するのは、消費税増税ではなく10月31日の黒田バズーカの第二弾だ。 「1980年代と違って円安が日本経済にプラスであることはないんです。円安とは通貨安、海外のものをより多くの円を払わないと買えなくなることなんです。経済学では交易条件の悪化といいます。これは2003年から2007年辺りの日本の景気のことを考えるとよくわかります。あの時、日本はバブル以来史上まれに見る長期景気拡大、大幅な雇用増大生産増だったんです。でも実感なかったでしょう? ”実感なき景気回復”って言われてるんです。なぜ実感がなかったのかというと、円安と原油高が大幅に進んだからです。まさに交易件の悪化で、輸出の稼ぎが増えた分以上を原油を買うのに使ってしまって、原油を買った後の残りの日本の所得は前より減っちゃったわけです。円安が進むってのはそういうこと。今がまったく同じで、せっかく原油が下がってきたのに、円安を更に進めることで輸入品に対する総支払額が増加し、輸入品以外に対する可処分所得が減って、より日本は貧しくなるんです。そして、日本の不動産はドルで見れば激安になって、香港やシンガポールの投資家が買いあさっています。」  確かに、2014年1~10月の累計では倒産件数は 259 件にのぼり、前年同期(92 件)の2.8倍。10月の「円安関連倒産」は39件にのぼり、昨年1月以降で最多を記録中なことを考えても、円安は利益を享受できない企業も多い。しかし、それでもなお円高で日本の主力である輸出産業にダメージがあるよりは、円安になり株価が上がればいずれ景気も上がっていくのではないかと思うのだが……。 「日本の主力産業は輸出ではない。内需がメインで、消費が主役です。消費は所得に大きく影響されますから、輸入の3割以上がエネルギーである日本全体のエネルギー以外への可処分所得は円安で大きく減少する。だから円安は大きなマイナスであることは動きようのない事実です。  一方、日本の景気は、実はそれほど悪くない。景気は昨年良くなりすぎたから昨年よりはいまいちなイメージですが、失業率も最低水準です。ただ、これ以上景気を過熱させ続けるのは無理なんです。そもそも景気は循環するもの。バイオリズムと同じで、調子が良くなったり悪くなったりするだけのことです。問題は、日本の実力、底力が下がっていること。これはGDPで言えば潜在成長率といいますが、これがほぼゼロまで落ちて生きている。もう、GDPの規模で言えば『成長しない』経済になっているのです。高齢化は進み、人口減少も起きている。日本経済はどんどん成長する若者の経済ではなく、成熟し老化も始まっている経済なのです。必要なのは、老人を刺激して興奮させて寿命を縮めることではなく、中高年なりの能力の発揮の仕方を考えることが重要です。頭を使う。筋肉もしなやかさを維持し、頭脳の命令に上手く反応する賢い筋肉にしないといけない。パワーをつけるむちむちの筋肉にして若者に対抗しては、中高年の良さが出ません。老獪になる必要がある。野球で言えば、例えば工藤公康元投手や山本昌投手みたいに、効率よくうまくやる必要がある。景気回復のために公共事業で、一時的な仕事を量で増やしても、将来へ何の意味も無い。それよりも、人を育てるために教育投資をして、将来を担う若者を育て、中高年ももう一度学び直すなど、人を成長、成熟させることが、本当の成長戦略だと思う」 「日本経済は現状でバラ色ではないけど、悲観する程でもない」という小幡氏だが、危惧していることもある。 「円の急落は怖いです。すでにそれは起きています。先日118円まで行きましたが、120円が分岐点となるでしょう。そこで止まるか、突破するか。120円突破して急落すれば、売りが売りを呼び暴落する展開になります。それが一番の日本経済の危機です。円が売られ、国債が売られ、株も売られる。株もドルで見れば円が暴落すれば暴落となりますから、いわゆるトリプル安、日本売りとなります。また、今は海外投資家が『日本株買いだ』と言ってる人が多いという調査があるけど、彼らが『買い』と公言することは、買い終わってそろそろ売りたい、誰かに買わせたいということです。もう円安株高という局面は終わりました。異次元緩和第一弾、2013年4月時点では、円安が1%進むと株価が2%上がった。ドルで見ると1%上がった。だからドルで投資している海外投資家も円安なら日本株は買いだった。それが今は円安が1%進んでも株価は1%しか上がらない。ドルでは日本株は上がっていないんです。ただ、暴落スパイラルの可能性はあるけど、確率自体はまだ小さい。しかし、暴落が起きなくても、円が安くなっても株が上がらなり、日本からの資金逃避、海外からの日本資産買いあさりが始まっています。これこそ日本経済の危機です。  アベノミクスの金融緩和、円安では実体経済は何一つ変わってない。アベノミクスは、すべての痛みを先送りし、短期的なブームを作り、コストとリスクを先送りしている。消費税増税延期を決断した安倍政権は、痛みが伴うのを全否定して、快楽だけを求めているまさしくリフレ派の象徴です。だから一時的には人々にも受けた。しかし、人々は馬鹿ではない。多くの人が、高齢化社会、地方衰退の構造問題は何も解決していないこと、それでは経済は本当には良くならないことに気づき始めました。本当に今の日本に必要なのは、爆発的に成長しない、老年期を迎えた資本主義社会である日本を、老いたなりに楽しく暮らせるように地道に一つ一つ制度を改善し、社会構造を支えていくが重要だとみな気づいています」 <取材・文/HBO取材班> 小幡績【小幡績】 1967年生まれ。’92年東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。IMFサマーインターン、一橋大学経済研究所専任講師を経てハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。’03年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授