「100年後も日本が一等国である価値を作る」京大発EVベンチャー社長が語る経営論【GLM小間裕康社長インタビュー】

港区芝公園のショールームにて取材に応じるGLM社長小間裕康氏

――なるほど。新しい物事を始めるのが好きだったんですね。 小間:これって実は会社経営にも似ていて、自分が足りない要素を他人に任せていってアンサンブルでやると、全く新しいサウンドができるんです。そしたら、これは面白いと、色んな人に、色んなところに呼んでもらえるようになった。僕はただ自分が演奏したくて始めたバンドに、メンバーが集まってきた。彼らが食っていくために、出演料をもらうようになると、いつの間にか新しい仕事が回ってきて、利益が出るようになり、そこから派遣業に繋がっていきました。 ――それがきっかけで、パソナ代表の南部靖之さんともお知り合いに? 小間:非日常や違和感って爪痕みたいなもの。そういうものがあったほうが人生楽しいと思うんです。ある日、ショッピングセンターの吹き抜けのホールで演奏していたとき、「今日は南部代表も来るよ」と、社員さんに言われたんです。そこで、どうやって社長に喜んでもらえるか、こんな素晴らしい場所を提供してくれた恩返しができるかを考えたんです。そして、代表が見に来た瞬間、盛り上がっていた演奏を全部止めて、手を振りました。それ以降、僕のことを「面白いな」と気にかけていただけるようになりました。 ――すごい出会いだったんですね。 小間:そのとき、ベンチャーって面白いと思ったんです。大企業なら何十年の期間をかけて事業を発展させるところを、わずか10数年で多角化経営まで成し遂げている。一代で、いろんな楽しみを提供できることがあり得るのかと思いました。私の祖父が事業を経営をしていたこともあり、働くよりも自ら何か生み出したいという思いは強くなりました。 ――お祖父様も経営者だったのですか? 小間:建設関係で10人、20人くらいの会社だったのですが、公共事業を受注したり、質実剛健な仕事ぶりだったようです。そもそも身内の別の人間が経営していた会社が、大借金を抱えてしまい、いつの間にか祖父がその社長にさせられていたようです。本当は早々に事業を畳む予定だったのですが、『これは運命だ!』と一念発起して、借金を全額返済するまでやっていたと聞いています。 ――それは自分でも挑戦したくなりますね。 小間:そうですね。あとは自分が一度やったことに対して、巻き込んだ人たちに責任が生まれること。この責任だけはきちんと取るように、ずっと教育されてきました。どちらかと言うと、私は好きなことばかり仕事にしていますが、資本金だけでも30億円と、私個人では一生かかっても返せない額をいただいています。彼らの期待や派遣等も含めて、30人以上にまで増えた社員の期待を裏切らないためにも、もっともっと自由に仕事ができる場所を作り続けていきたいですね。 <取材・文/井野祐真(本誌)>
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