もしこのエンジンが完成し、ロケットに組み込まれた場合、どれほどの性能をもつことになるのだろうか。
たとえばソ連は1960年代に、RD-250エンジンを使った「R-36」というICBMを開発した。R-36は4トンから6トンの弾頭を、1万~1万5000kmまで飛ばす性能をもつ、いわゆる「重ICBM」に分類されるミサイルである。
北朝鮮は現在、核兵器をおおむね1トンにまで小型化するだけの技術をもっているとされるが、もしR-36と同等の性能をもつミサイルが開発できれば、それより多少重くとも搭載可能になるし、それが事実なら複数発の搭載が可能ということになる。
またソ連では、R-36を改造して、人工衛星を打ち上げる宇宙ロケットの「ツィクローン」も開発された。ツィクローンは地球低軌道に約3トンの打ち上げ能力をもつ、中型のロケットである。
北朝鮮は昨年9月と今回試験したエンジンを「静止衛星の打ち上げ用」と称しているが、もしツィクローンと同等の性能をもつロケットが開発できれば、その言葉も事実になろう。
もちろん、北朝鮮の現在の技術で、R-36やツィクローン並みのロケットを造れるかどうかは難しいところだろう。そもそもICBMとしてはKN-08があるため、その開発を差し置いて、さらに大型で複雑なミサイルの開発に臨むのは合理的ではない。
しかし、昨年9月と今回3月に実験されたこのエンジンは、これまで北朝鮮が開発、製造したエンジンよりも高い性能をもつことは間違いない。そのため、R-36やツィクローン並みとまではいかなくても、従来開発されたものを超える性能をもつ、新しいミサイルやロケットが登場する可能性は高い。
R-36を基に開発された宇宙ロケット「ツィクローン」 Image Credit: Roskosmos
ソ連のRD-250が、ICBMのR-36と宇宙ロケットのツィクローンの両方で使われたように、北朝鮮が開発をすすめるこのエンジンも、どちらの用途でも使うことは可能である。
ただ、いずれにせよ、北朝鮮は国連安保理決議により、弾道ミサイルの開発に関連するあらゆる活動を禁止されている。この「弾道ミサイルの開発に関連する」という意味の中には、もちろん宇宙ロケットの開発も含まれており、しがたってこのエンジンがどのように使われるにせよ、許されるものではない。
しかし、国際社会からの長年の非難と懸念は残念ながら功を奏さず、昨年4月から続く一連の「新型エンジン」の実験からは、北朝鮮のロケット技術が着実な進歩を続けていることが伺える。
たとえば従来、北朝鮮はミサイルの推進剤にケロシンと赤煙硝酸という、性能はあまり良くないものの、入手性や取り扱い性に優れたものを使っていた。これはもともとソ連の「スカッド」ミサイルで使われていたもので、北朝鮮はその技術をそのまま受け継ぎ、そして改良し「ノドン」や「テポドン」を開発した。
しかし、昨年初めて発射に成功したムスダンや、昨年4月に実験が行われたムスダンのものを2基束ねたものと思われる新型エンジン、そして昨年9月と今回3月に実験された新型エンジンは、ケロシンと赤煙硝酸ではなく、扱いはやや難しくなるものの、性能向上が見込める非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素を使っていると推測される。
また、エンジンの規模も推力も、ノドンやテポドンのものより向上しており、さらにムスダンのエンジンに至っては、構造が複雑なものの高い効率が見込める仕組みを採用している(もっとも、これまで何度も失敗を繰り返しているため、まだその技術を完全に習得したわけではないようである)。
弾道ミサイル技術も人工衛星を打ち上げるロケット技術も共通している部分は多く、たとえこのエンジンが、純粋に人工衛星の打ち上げを目指したロケットに使うものであったとしても、間接的に(あるいは直接的に)、ミサイル技術の向上と、そして日本や米国に対する脅威につながることは間違いない。
<文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『
イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter:
@Kosmograd_Info
【参考】
・金正恩元帥が新しく開発した朝鮮式の大出力エンジンの地上噴出実験を視察(
http://www.kcna.kp/kcna.user.special.getArticlePage.kcmsf)
・A New Engine for a New Space Launch Vehicle? | 38 North: Informed Analysis of North Korea(
http://38north.org/2017/03/jschilling032017/)
・R-27 / SS-N-6 SERB(
http://www.globalsecurity.org/wmd/world/russia/r-27-specs.htm)
・KN-08 / Hwasong 13 | Missile Threat(
https://missilethreat.csis.org/missile/kn-08/)
・Sutton, George P. History of Liquid Propellant Rocket Engines. American Institute of Aeronautics and Astronautics, 2006, 911p.
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
Webサイト:
КОСМОГРАД
Twitter:
@Kosmograd_Info