Googleクライシスレスポンスが公開した「平成27年9月関東・東北豪雨」の際の鬼怒川の情報。Google Mapsと同じようにブラウザ上で見たい場所を操作でき、また衛星写真と航空写真と組み合わせるなどして、見やすさ、わかりやすさに配慮されている Image Credit: Googleクライシスレスポンス
Googleの災害情報サービス「Googleクライシスレスポンス」はあくまで一例だが、このように偵察衛星と地球観測衛星は、技術的には違いはなく、どこが使うか、そしてどのように利用するかというだけの違いしかない。そのため、民間の地球観測衛星を情報収集衛星(偵察衛星)のように使うことは十分に可能で、このような本来災害時の状況把握に使うはずの衛星の情報公開が、民間の衛星のデータを利用したサービスに遅れを取るということが起きた。
かつては民間の地球観測衛星がほとんど存在しなかったり、あっても性能が低かった時代もあったが、現代ではさまざまな民間の地球観測衛星が多数飛び、その性能も軍用のものと大差ないほどにまで向上している。くわえて自国内の情報収集においては、飛行機やヘリコプター、ドローンによる撮影のほうが効率的に動き回れる場合も多い。
そのため、もはや情報収集衛星の意義は、「民間の衛星が飛んでいない時間帯に撮影ができる」こと、「日本政府がいつどこを撮影したかを隠せる」ことくらいしかない。さらに、民間の地球観測衛星の数は増え続けており、さらに数百機の衛星を使い、世界各地のさまざまな場所を、いつでも見られるようなサービスも始まろうとしている。そうなると、基本的には誰もが、いつでもどこでも地球のあらゆる場所の様子を見ることができるようになる。
もちろん、それで自前で衛星を持つという意義のすべてが失われるわけではない。たとえば民間の衛星は、電波による妨害(ジャミング)に対して偵察衛星ほど配慮されているわけではなく、破壊される可能性がある。また米国などが販売企業に規制をかければ、自由に画像を購入できなくなる可能性もある。しかし民間の衛星もジャミングへの対策は取れるし、衛星数を多くすることも対策となる。米国が規制をかけても、他国の企業が販売を続ければ問題はない。
国の情報機関や軍しかもっていなかった時代と違い、現代では地表を撮影できる衛星の技術は普遍的なものになり、ビジネスの道具にもなった。そしてこれからも、その動きは絶えることなく、むしろより高性能で、使いやすくなる方向へ進むだろう。
その時代において、宇宙から地表を監視し、情報を集めるという目的のために、とりわけ災害時の迅速な情報提供という目的のひとつのために、現在の情報収集衛星の形が本当に優れているのか、再考する必要があるのではないだろうか。
もちろんそれは日本だけに限った話ではなく、世界中の偵察衛星をもつ情報機関や軍が直面する課題でもある。偵察衛星というと、日常からかけはなれた特殊な技術と捉えられがちだが、実際のところこの問題は、「ネット時代に個人情報をどうすべきか」や「ドローンの普及と航空法の兼ね合い」といったような問題と、本質的な違いはないのである。
<文/鳥嶋真也>
とりしま・しんや●作家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関するニュースや論考などを書いている。近著に『
イーロン・マスク』(共著、洋泉社)。
Webサイト:
http://kosmograd.info/
Twitter:
@Kosmograd_Info
【参考】
・三菱重工|H-IIAロケット33号機による情報収集衛星レーダ5号機の打上げ結果について(
http://www.mhi.co.jp/notice/notice_170317.html)
・【放送予定】2017.3.17 H-2Aロケット33号機 打上げ / Live streaming schedule about H-IIA Rocket F33 launch | NVS-ネコビデオ ビジュアル ソリューションズ-(
http://blog.nvs-live.com/?eid=449)
・平成27年台風第18号による大雨等に係る被災地域の加工処理画像等について(
http://www.cas.go.jp/jp/houdou/150911saigai.html)
・情報収集衛星に係る経費の平成28度予算概算要求(
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/csice7.pdf)
・衆議院議員吉井英勝君提出大規模災害時における情報収集衛星の活用に関する再質問に対する答弁書(
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b177315.htm)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。
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