次に幼い頃のエピソードを見てみましょう。
彼はとにかく無類の競争好き、かつ異常な負けず嫌いで、トランプ、ジグソーパズル、ピックルボール、水泳、水上スキー、カーレース、テニスなど、さまざまなゲームやスポーツを行なっては、そのスコアや勝敗を競い合うのに夢中になったそうです。
そしてそうした性格は大人になっても変わらず、ビジネスマンになってからはもっぱら「時間」を競うことに夢中になっていたと伝えられています。
例えば飛行機に乗る際は、だいたい離陸時間の5分前に会社を出るというのが常だったそうで(空港近くにオフィスがあったとはいえ)、そのために彼の秘書はゲイツが時間に間に合うかやきもきすることのないよう、離陸時間を実際よりも15分早めにゲイツに伝えていたと言います。
また、車の運転に関しても、彼はスピード狂としても知られており、どこに行くにも時速130km以下で走ることはなく、彼の友人は「彼は車の最高速度をテストするのが好きだった」と証言しています。また同時に、ゲイツの友人は誰でも1度はゲイツの愛車に乗って恐怖体験をしているとも述べています。
彼のこうした競争好きで負けず嫌いな性格はビジネス上の取引にも色濃く反映されています。彼の取引スタイルは「顧客が疲れておとなしく同意するまで押しまくる」というスタイルで、それがあまりに激しすぎて取引が不成立に終わることもしばしばあったそうです。
そこで、ビル・ゲイツはマイクロソフト社の最初のマーケティング部長であるスティーブ・スミスと作戦を練り、刑事ドラマなどでよくあるような「鬼刑事」役と「仏の刑事」役を演じることにしたそうです。
すなわち、鬼刑事役のゲイツ氏はその取引に厳しい立場で臨む最終決定者として向き合い、スミスはそれに対して、顧客の機嫌をとりながら実際の交渉を行なう仏の刑事のようなスタンスをとります。そしていざ、交渉が難しい局面になると「ボスであるゲイツが厳しすぎて自分ではどうにもならない」と泣き言を言って、ゲイツを悪者にしながら交渉を有利に進めるという訳です。
この作戦は大成功し、このペアで大きな契約を多く成立させて、初期のマイクロソフト社の発展に大いに貢献したと言われています。