植木等没後10年――「やりたいこと」をやらない哲学とは?
2017.02.08
【石原壮一郎の名言に訊け】~植木等
Q:いちおう世間に名が知れている会社に勤めているし、結婚して子どももできた。仕事にも妻にも大きな不満はないし、子どもはかわいい。だけど時々、このままでいいのかと、たまらなく不安になることがある。本当は音楽が大好きで、ミュージシャンになりたいと思っていた。今も思っているが、実際は楽器を手にすることもない。やりたいこともやれない人生に、はたして意味があるのだろうか。(千葉県・30歳・食品)
A:そんなにやりたいなら、今からでもミュージシャンを目指せばいいんじゃないでしょうか。奥さんは反対するかもしれませんが、私はべつに反対しません。やりたいこともやれないんじゃなくて、単にあなたがやらないだけです。少なくとも、安定した仕事やかわいい奥さんや子どもを捨てる決心をするほど、やりたいわけじゃないってことですよね。
いや、すいません、意地悪な言い方をしました。「やりたいことをやる」というのは、カッコよさげで大きな意味がありそうですけど、本当にそうでしょうか。この相談は、人間は何のために生まれて、私たちは何のために生きているのかという問題でもあります。あなたは仕事をして、奥さんと力を合わせて子どもを育てている。やりたいことがあろうとなかろうと、そういう人生に意味がないとは言わせません。
今年は、俳優やコメディアンとして大活躍した植木等さんの没後10年に当たります。「無責任男」として一世を風靡した彼ですが、じつは極めて生真面目な人間で、お酒も飲めなかったとか。出世作となった「スーダラ節」(1961年発売)が大ヒットした頃を振り返って、のちにこんな言葉を残しています。
「自分がやりたいことと、やらなければならないことは別なんだ」
「スーダラ節は人生というものを分からせてくれた。自分がやりたいことと、やらなければならないことは別なんだと、教えてくれました」と言っています。彼にとって、この曲が描いている「無責任男」は、けっしてやりたいキャラクターではありませんでした。しかし、彼が「無責任男」としてたくさんの笑いを提供してくれたおかげで、当時の人びとがどれだけ励まされ、どれだけ日本が明るくなったことか。
余談ですが、青島幸男(のちの都知事)が作詞した「スーダラ節」は、酒やギャンブルの失敗を「わかっちゃいるけどやめられない」と笑ってしまう内容です。当初、この曲を歌うことに強い抵抗感があった植木等は、僧侶をしている父親に相談。すると父親は「素晴らしい! この『わかっちゃいるけどやめられない』は、親鸞聖人の教えに通じる人間の真理だ」と歌詞を絶賛します。彼は、なるほどそうかと歌うことを決意したとか。
植木等に限らず誰しも、「やりたいこと」のほうが「やらなければならないこと」より意味があるわけじゃありません。「やらなければならないこと」を放り出して「やりたいこと」をやったとして、それが「意味のある人生」かどうかは疑問です。そもそも、それほど楽しくないかも。「やりたいこと」とやらは、むしろ思うようにやれないぐらいのほうが、人生に刺激を与える適度なスパイスになってくれそうです。ごちゃごちゃ言ってないで「やらなければならないこと」に励みつつ、今ある幸せを大切にしてください。
【今回の大人メソッド】
「やりたいこと」を心置きなくやってしまうと、実力の限界を思い知る羽目になるかもしれません。思ったほど面白くなくて落胆する可能性もあります。「時間ができたら思いっきりやりたい」と妄想をふくらませたり、「これをやりたいオレってカッコイイ」と自分にウットリしたりするのが、「やりたいこと」のもっとも有効な活用法と言えるでしょう。
【相談募集中!】ツイッターで石原壮一郎さんのアカウント(@otonaryoku )に、簡単な相談内容を書いて呼びかけてください。
いしはら・そういちろう/フリーライター、コラムニスト。1963年三重県生まれ。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でデビュー。以来、さまざまなメディアで活躍し、日本の大人シーンを牽引している。『大人力検定』(文春文庫PLUS)、『大人の当たり前メソッド』(成美文庫)など著書多数。近年は地元の名物である伊勢うどんを精力的に応援。2013年には「伊勢うどん大使」に就任し、世界初の伊勢うどん本『食べるパワースポット[伊勢うどん]全国制覇への道』(扶桑社)も上梓。最新刊は、定番の悩みにさまざまな賢人が答える画期的な一冊『日本人の人生相談』(ワニブックス)
「やりたいこと」は、やらないほうが役に立つ
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