トップにお詫びの文言が並ぶJR北海道のサイト
2011年5月に発生した石勝線列車脱線火災事故にはじまり、2012年には4度も特急列車から発煙・出火、さらに軌道点検の手抜きから脱線事故を起こすなど、もはや“不祥事・トラブルのデパート”となってしまった感もあるJR北海道。
国土交通省により事業改善・監督命令が出されて再建中の昨今も、乗務員の居眠りや規定値を超えた強風時も運転を継続していたことが発覚するなど、JR北海道の状況は悪化をたどる一方となっている。
そんな中、鉄道技術専門の業界誌編集者はため息交じりで「不祥事続きのおかげで世界初の技術を搭載した車両の開発が中止になってしまった」と嘆く。一体どういうことなのか。
「この車両はキハ285系と呼ばれ、2016年度末の北海道新幹線開業に合わせて函館~札幌間の特急列車に使われる予定でした。JR北海道が鉄道総合技術研究所と川崎重工とともに開発した“ハイブリッド車体傾斜システム”が搭載され、今まで以上に速く乗り心地を損なわずにカーブを走れる車両として、業界では注目を集めていたんです」
この“ハイブリッド車体傾斜システム”こそが、世界初の最新テクノロジー。もともと鉄道車両はカーブを走るときにはスピードを落とす必要がある。速度を落とさなければ脱線するリスクが高くなるからだ。車体の重心を低くすれば脱線のリスクは低くなるが、外側に向けて遠心力が働くために乗客の乗り心地は極めて悪くなる。これを解消するのが“車体傾斜システム”というものだ。
「簡単に言えば、車体を斜めに傾けることで遠心力を低減させて乗り心地を維持するという仕組みです。振り子や空気ばねといった技術を用いて車体を傾ける技術はすでに多くの車両で導入されています。ただ、JR北海道のハイブリッド車体傾斜システムは振り子と空気ばねを組み合わせることで傾斜角度を大きくすることに成功した。これによって、乗り心地を維持したままより高速でカーブを走れるようになったんです」
実際にその速度を比べてみると、今までの仕組みではせいぜい時速120キロが限界。ところが、ハイブリッド車体傾斜システムを搭載した車両では時速140キロでカーブを曲がれるようになるという。これが特急列車に導入されれば大幅な時間短縮が見込めるというわけだ。
「ただ、このシステムを導入すると軌道(レールのこと)に強い負荷がかかります。そのため、安全のためには軌道部分を強化しなければならない。車両開発・製造費に加えてその経費も膨大になるため、JR北海道では車両開発を断念したのでしょう」
JR北海道によれば、「安全性工場に向けた取り組みを進める中で、既存特急列車の運転速度を落とすなどの対応をしており、既に搭載されている車体傾斜装置の使用も停止している。その中でさらなる高速化を目的とする車両の開発は道理が通らないと判断した」という。軌道保守の不手際で事故を起こしたJR北海道による軌道強化が必要な新車両の運行というのは、利用者の立場でも不安が大きい。開発断念は致し方なしだろう。
しかし、こうした状況を見て「いよいよJR北海道が追い込まれていると感じる」という業界関係者も多い。鉄道会社にとって車両は“顔”のような存在。新型車両の導入は社を上げて取り組む大事業のひとつだ。しかも、世界初の技術を取り入れたハイテク車両。北海道で営業運転の実績を重ねれば、国内他社はもとより海外への輸出・技術移転の可能性も開けてくる。そうなれば経営難に苦しむJR北海道にとっては渡りに船だったはず。そのチャンスを自ら捨てざるをえない状況に、JR北海道の置かれている危機的状況がうかがい知れる。業界関係者は「鉄道にとって最も大切な“安全”への信頼が損なわれている状況で、起死回生の手段も失ったJR北海道の未来は非常に厳しい」と話す。
「経営難のローカル線が社運を賭して新車両を導入し、それが話題になって利用者が増加した例も少なくない。しかし、JR北海道はそれすらもできなくなってしまった。2000年に導入したキハ261系特急車両の新造を進めるようだが真新しさはなく、もはや2016年度開業予定の北海道新幹線にかけるほかはない」
とはいえその北海道新幹線も、函館へのアクセス駅は現在無人駅にすぎない渡島大野駅(新幹線開業後新函館北斗駅と改称予定)では、成功への望みも薄い。新幹線が失敗に終われば、いよいよJR北海道の存続すら危ぶまれる状態に陥るのだ。元JR東日本の社員で現在は鉄道コンサルタントのA氏は言う。
「JR北海道の惨状は、30年前の国鉄分割民営化の負の遺産。最初から経営が成り立たないことを知って民営化したのですから、国の責任も免れない。道民から“足”である鉄道を奪うことにならないよう、国が主体となって対応していくべき」
しかし、国土交通省の厳しい監督下に置かれている現在でも不祥事はなくならない。新型車両の開発中止は、JR北海道にとって最後の望みを捨てたこととイコールなのかもしれない。
<取材・文/境正雄・鉄道ジャーナリスト>