震災から5年目の今年3月11日、福島で講演を行った小泉元首相
吉原氏が「原発即時ゼロ」で小泉元首相と行動をともにするようになったのは、2012年4月のこと。
「城南信用金庫の『友の会』設立総会で講演をしていただいたことがきっかけでした。その翌年(2013年1月)、慶応義塾大学時代のゼミの先生で親しくさせていただいた加藤寛名誉教授が、
『日本再生最終勧告 原発即時ゼロで未来を拓く』というご著書をまとめられた直後に亡くなられました。加藤先生に城南総合研究所の初代名誉所長を引き受けていただいたこともあって、本社でお骨を一時的に預かってお葬式をしました。その時、小泉さんが突然来られて御線香をあげられたのです。
そんな縁から、城南総合研究所の二代目名誉所長を小泉さんにお願いし、快諾していただきました」(吉原氏)
それ以降、加藤氏が最後に訴えた『原発即時ゼロ』を目指して、吉原氏は小泉氏と行動をともにしている。
「川内原発再稼働が迫っていた2015年6月に小泉さんが鹿児島で講演をした時も、柏崎刈羽原発の再稼働を認めない泉田裕彦・新潟県知事に会った時も、大間原発の凍結を訴える工藤寿樹・函館市長を激励した時も一緒でした。
川内原発再稼働が迫っていた鹿児島での講演では、小泉さんは『日本の原発テロ対策は不十分』と指摘していました。ベルギーのテロで原発が標的の一つになっていたことを予見するかのような警告を発していたのです。改めて『先見の明がある』と感じました」(同)