キャラメルコーンのピーナッツに隠されていた驚愕の事実とは?

辿り着いたお菓子の原料はかつて武器として使用された危険物質

 そもそもこのハバネロという唐辛子、かつては南米では戦場で目くらまし用に使ったり、敵の侵入を防ぐために外壁に塗ったというほどの危険な代物。輸入した際には木の箱で届き、箱にはドクロマークが書いてあったそうです(笑)。  その開発も、マスク、メガネは必須、場合によってはゴーグルをつけて行い、ハバネロのついた手で露出した皮膚を引っかくとその部分がただれるという、お菓子作りとは思えない、超ハードな光景だったようです。そうまでしなくてはとても及ばないほど、カラムーチョは偉大なライバルだったのでしょう。  そんな苦闘の末にようやく完成した、「甘い」スナックのスペシャリスト、東ハトが作った異色の激辛スナック、当初は「東ハト・ハバネロスナック」という、ブランドを押し出したオーソドックスなネーミングにする予定だったそうです。  ですが、ハバネロの語呂から暴君ネロ皇帝や「口の中で暴れまわるこの辛さは、K-1の『20世紀最後の暴君』ピーターアーツを思わせる」ということで、社内の反対を説得して、従来の東ハトからすれば、味からネーミングまで全く異色の激辛スナック「暴君ハバネロ」が誕生しました。

発売から半年強で2000万袋を記録した「暴君ハバネロ」

 ただ、いざ販売となると、通常よりも製造コストが高くかかるため、大きさあたりの単価が高かった「暴君ハバネロ」は、安定した売れ筋を置きたいスーパー系の大型流通店舗には受け入れられず、苦労したそうです。ですが、逆に小さくて高単価の新商品を置きたいコンビニ店舗のニーズにマッチ、そちらを中心に販売が開始されます。  その後、メディア等に取り上げられたことで、一気に火がついて売れ出すと、スーパーでの取り扱いも増え、2003年11月の発売から2004年6月までの間に累計出荷数2000万袋を記録し、その年を代表するヒット商品になります。これにより激辛ブームが再燃、後に他社からもハバネロを用いた商品が多数発売されるなど「暴君ハバネロ」は「カラムーチョ」や「わさビーフ」といった「辛い」スナックの名作に肩を並べる存在となりました。  このようにして「暴君ハバネロ」は、リニューアルした「キャラメルコーン」とともに新生東ハトの象徴として認知され、今では有名なコピペを生み出すほどお馴染みの存在として、激辛スナックファンに愛されています 決算数字の留意事項 基本的に、当期純利益はその期の最終的な損益を、利益剰余金はその期までの累積黒字額or赤字額を示しています。ただし、当期純利益だけでは広告や設備等への投資状況や突発的な損益発生等の個別状況までは把握できないことがあります。また、利益剰余金に関しても、資本金に組み入れることも可能なので、それが少ないorマイナス=良くない状況、とはならないケースもありますので、企業の経営状況の判断基準の一つとしてご利用下さい。 【平野健児(ひらのけんじ)】 1980年京都生まれ、神戸大学文学部日本史科卒。新卒でWeb広告営業を経験後、Webを中心とした新規事業の立ち上げ請負業務で独立。WebサイトM&Aの『SiteStock』や無料家計簿アプリ『ReceReco』他、多数の新規事業の立ち上げ、運営に携わる。現在は株式会社Plainworksを創業、全国の企業情報(全上場企業3600社、非上場企業25000社以上の業績情報含む)を無料&会員登録不要で提供する、ビジネスマンや就活生向けのカジュアルな企業情報ダッシュボードアプリ『NOKIZAL(ノキザル)』を立ち上げ、運営中。 <写真/Yasunobu HIRAOKA
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