ケイコ・フジモリの足かせは、ペルー国民に根強く残る「父親」への抵抗感

アルベルト・フジモリ大統領時代への「抵抗感」が足かせに

 しかし、彼が政治的判断を誤ったのはセルフクーデターの後に制定された新憲法を使って3度目の立候補を果たしたことである。旧憲法では2度しか大統領職は勤めらない。そこで、彼は新憲法を建て前に最初の立候補だとして3度目の就任を果たした。それが米国を始め国際社会から批判されるようになって、彼への攻撃が加速化されるのである。そのひとつがモンテシノスが議員を買収している映像が暴露されたことである。それに端を発して贈賄への疑惑が彼にも降り掛かるようになった。そして国民からの支持も失い訪日中に辞任することを決めたという経緯に及んだのである。  フジモリ大統領の「避妊手術の強制」は確かに極端過ぎるし、問題は多かった。しかし、経済を立て直し、それまで乱れていた治安の安定に貢献した業績は高く評価されるべきである。ところが、その功績はほぼ無視されている。ケイコ・フジモリが大統領選挙に臨ぶに及んでも、父親の代から続いている反フジモリ派は消滅することなく、彼のセルフクーデターで軍部によって被った被害や原住民を対象に行なった避妊政策などの批判がケイコフジモリ候補にも波及しているのである。彼女を批判する理由は、彼女も父親と同じ政治路線を歩むからだとし、また彼女が大統領になれば現在服役中の父親に恩赦を与えると懸念しているのだ。  もちろん、ケイコ・フジモリは、彼女の父親が果たした治安の安全回復や犯罪の取締りなどで彼女は他の候補者よりも上手くやってくれると期待している層も少なくない。その背景には彼女の政策ブレーンには父親に協力していた人材が彼女にも協力することもを約束しているからだ。  彼女と決戦投票を争うクチンスキは嘗て世銀に勤務したことがあり、首相の経験もある。今回の選挙では外国からの投資を促進させることを強調している。  フジモリ支持派とクチンスキにメンドーサらが連合した反フジモリ派の選挙の行方を見守ることにしよう。 <文/白石和幸 photo by Congreso de la República del Perú on flickr(CC BY 2.0)> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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