それを警戒した中国は既に手を打って来た。中国政府は北京のスペイン大使館に接触し、一方のスペインでは中国のHong大使がマルガーリョ外相と会見して、〈適正で公平な調査を要請〉したという。Hong大使は〈「中国にとってスペインは最も重要な投資国になった」〉と述べたのだ。(参照:「
El Economista」)。
即ち、大使の発言が意味するものは「今後の事の成り行き次第によっては、中国はスペインへの投資を控える用意がある」ということを仄めかしたのだ。
実際に最近の中国はスペイン国債を多額に保有している。マルガーリョ外相が2014年のスペイン国営放送での発言で「中国はスペイン国債の20%をもっている。しかし、彼らが売りにボタンを押せば、スペインのソブリンリスクは数年前と同様に危険水域に入る」と述べたことを思い出さねばならない。
同外相がこのように発言した背景には、2014年に起きたスペインの中央裁判所が中国の江沢民主席ら国家幹部5人がチベットの大虐殺に関与したとして国際刑事警察機構(ICPO)に国際手配を要請した出来事がある。
これはスペイン国籍を持つ一人のチベット人が、人道支援団体の協力を得てスペインで認められている「普遍的管轄権」に基づく告発として、チベットでの大虐殺を人道に対する犯罪だとしてスペインの裁判所に訴えたのである。
それをスペイン中央裁判所は受理し、江沢民主席らを国際手配するということになったのだ。
マルガーリョ外相が前出の発言をしたのが正にこの時だった。その後、中国政府はスペイン政府に圧力をかけ、スペイン政府はその圧力に屈して「普遍的管轄権」を改正して「原告人をスペイン人とし、外人が被告人として国際手配されるには当人がスペインに定住する者だけを対象にする」と法改正をしたと言われている。この法改正では、国会の審議でも野党から「普遍的管轄権」の本来あるべき権利を損ねるもので裁判の中立性を壊すものだとして強い反対があった。しかし政府国民党は過半数の議席を利用してこの法改正を承認した。
今回のICBCの事件でも中国政府が必ずスペイン政府に干渉して来るのは間違いないと思われる。しかし、12月の総選挙のあと今もスペインの新政権は誕生しておらず、近い将来また総選挙が実施される可能性が強い。ラホイ首相以下の閣僚内閣は暫定内閣で如何なる法の改正も出来ないし、政策の変更も出来ない。
この様な事情の中でスペインと中国の外交問題に発展する可能性のあるICBCに絡む事件の成り行きが注目される。
<取材・文/白石和幸>
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。