反米ボリバル革命路線との決別を選んだアルゼンチン。しかし前途は多難
トヨタが売れ行き好調なアルゼンチンの大統領選挙がついに終わった。
選挙結果は親米路線のマウリシオ・マクリ候補が 51.40% 、ベネズエラのチャベス前大統領のボリバル革命に共鳴して、反米意識を前面に出してきたネストル・キルチネール前大統領と妻のクリスチーナ・フェルナンデス・キルチネール現大統領の12年間を継承する形になっていたダニエル・シオリが48.60%という、僅か3%(70万票)の差でマクリ氏が勝利した。
この決着までの経過も接戦だった。1回目の投票ではシオリ36.86% : マクリ34.33%という結果となり、シオリ氏が勝利した。しかし、1回目の投票で当選するには2位の候補と得票率で45%の差をつけること、或いは獲得票40%で2位の候補と10%以上の差があることが条件としてある。最初の投票で勝利したシオリ候補ではあるが、この2つの条件を満たすことが出来ず、アルゼンチンの民主政治始まって以来の初めて決戦投票が実施されることになったわけである。1回目の投票で3位となったマサ候補の20%を越える票田の多くがマクリ候補に投じられたようだ。
今回の大統領選挙において、「景気の低迷」、「高いインフレ」、「外貨不足」を生み出した負の政治を継承することになった正義党のシオリ候補ではあるが、伝統ある正義党の影響力は強く選挙地盤はしっかりしていた。しかも、最初の10月の投票では断然有利と予測され、当選はほぼ確実と言われていた。
しかし、蓋を開けて見るとマクリ候補の予想外の健闘という結果となったのである。
これは何を意味するか。多くの国民は12年のキルチネール政治による現在の経済不振に不満足で、そこから早く抜け出したいという要望があったということに他ならない。多くの国民は新しい変革が必要だと感じているのだ。それに応えたのが変革を全面に出して選挙キャンペーンに臨んだマクリ候補であった。
そして気になるのは外交だ。
いくつかのスペイン語メディアを見ると、やはり反米路線から舵を切ることになりそうだ。ロシアとの関係に距離を置き、中国とはまだスワップ取引もあるがその規模を見直すことになるという。また、米国やEUとの関係改善にも積極的だ。
そして日本との関係だが、アルゼンチンが太平洋同盟に接近すれば、そこからTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を通して双方の更なる接近が見られるはずだ。
経済については、対ドルレートとの関係では現在公式レートと一般に商取引で適用されている実勢レートとの2つあるのだが、マクリ氏はこれをひとつのレートにまとめる意向である。12月10日に大統領として就任して直ぐに公式レートを決めるようだ。〈ペソの切下げについて、38%〉と上述経済紙で予測されているが、マクリ氏の発言などから公式レートが決まった時点で、徐々に切下げて行くようだ。
ただ、前途は多難だ。アルゼンチン経済紙『iProfesional』によると、来年のインフレ34%、GDPはマイナス0.3%、財政赤字4.1%、失業率8.4%と予測されているように、インフレは猛威を振るっている。外貨保有高も、2011年10月から外貨保有高は50%も半減しているというが、そもそもこれまでフェルナンデス大統領の意向で公表データーを操作する姿勢を示して来た中央銀行である。マクリ氏は実際に〈それが真実か否か調査が必要だ〉としているだけにどれだけあるかわからないのが現状なのだ。
そしてマクリ候補は決戦投票では10%の差をつけて勝利すると思っていたらしい。しかし、結果は僅かに3%の僅差での勝利。しかも、マクリ候補の政党(PRO= 共和のある提案 )は下院では過半数を満たす129議席に対し91議席しかなく、上院も過半数37議席で僅か15議席しか占めていない。法案ごとに政治交渉が必要とされているため、特に正義党が両院で強い勢力を持っている以上、今後はマクリ新大統領がどこまで交渉能力があるか注目される。
いずれにしても、新しいアルゼンチンが誕生したわけである。
<文/白石和幸 photo by Wikimania2009 on flickr (CC BY 2.0) >
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
11月22日、
反米路線からアメリカ・EUとの関係改善へ
変化のきっかけにはなったが前途は多難
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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