【FIFA汚職と刑事訴訟法改正案】改めて問われる取り調べの可視化
2015.06.18
―― 江川紹子の事件簿 ――
※次回、『冤罪につなげない「合意」とは』へ続く 【江川紹子(えがわ・しょうこ)】 1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している ※本記事の関連記事も掲載中 【江川紹子の事件簿】川崎市中一殺害事件 http://www.mulan.tokyo/article/33/国際サッカー連盟(FIFA)の幹部ら14人が、ワールドカップ開催や放送権などを巡って賄賂を受け取ったり、資金洗浄などで米司法当局に起訴された事件。強制捜査の最中に行われた会長選挙で5選目を果たし、当初は強気だったブラッター会長も、4日後に辞任を表明した。 この展開に、日本の法務省も色めきだっているのではないか。というのは、今国会では、同省が提出している刑事訴訟法等の改正法案が審議されている。その中に、日本版司法取引の導入が含まれているが、これについては「冤罪を生む」などの批判が絶えない。そんな中で、司法取引の威力が見えやすいFIFA汚職摘発は、まさに法務省への追い風のように見える。 米当局の捜査は、FIFA元理事のチャック・ブレイザー被告が、司法取引を見込んで、協力したことが効果的だったようだ。 報道によれば、2011年米連邦捜査局(FBI)と税務当局の訪問を受け、10年にわたって巨額の脱税の証拠があると告げられたブレイザー被告は、すぐに捜査への協力を決めた。自身の犯罪関与の証拠は当局に押さえられており、重罰必至。それを回避するためには捜査協力しかない、と踏んだのだろう。彼は自分のもとにある情報を提供しただけでなく、自らがおとりとなって、小型マイクでFIFA幹部らとの会話を録音するなど、積極的な協力を行っている。脱税に加えて資金洗浄や詐欺などで2013年11月に起訴されたブレイザー被告は、罪を認めて司法取引を行い、190万ドルを没収されたうえで、判決の際に、さらなる罰金を支払うこととなった。 さらに、FIFA副会長のジャック・ワーナー被告も、「雪崩のような暴露」を行うと宣言。彼の2人の息子も、すでに起訴され、司法取引に応じているという。ブラッター会長の側近であるFIFA事務局長が、ワーナー被告への送金に関与していた疑惑も浮上しており、ブラッター会長自身への捜査もとりざたされる。 日本の国会に提出されている法案は、会社ぐるみの経済事犯や振り込め詐欺などの組織的な犯罪に、この司法取引の手法を導入しようというものだ。ただ、法務省はなぜか「司法取引」ではなく、「合意制度」(正式には「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」)と呼ぶ。確かに両者には、違いもある。FIFA汚職摘発で司法取引に追い風が
米国の「司法取引」は、被疑者・被告人が主に《自分の犯罪》について、事実を認める代わりに、罪名の変更や刑の軽減などを受ける、という形で使われる。それに対して、日本の「合意制度」は、《他人の犯罪》に関する供述や証拠提出などの捜査協力をした場合のみに適用される。要するに、他人の犯罪をばらせば、自分は刑の免除や軽減の見返りを受けられる、という制度なのだ。 ただ、これを導入すれば、刑を軽くしてもらおうと、嘘の証言をして、無関係の人を事件に巻き込んだり、他人の関与を実際以上に重く見せる輩が出て来くるだろう。 実際、これまでにも、刑の軽減を狙って嘘の証言で“捜査協力”をしたとみられるケースはいくつもある。 その典型が、2004年に福岡県北九州市起きた引野口事件。火災の焼け跡から見つかった男性の胸に刺し傷があったことから、放火殺人事件として捜査が行われ、被害者の妹のA子さんが逮捕された。A子さんは否認を貫いたが起訴され、裁判で無罪を主張。 その裁判で、警察の留置場で同房だったB子が、検察側証人として出廷し、A子さんから「兄の首を刺した」と告白された、と証言した。B子は、覚せい剤中毒のうえ、窃盗の余罪が多数あったが、起訴されたのは2件だけ。自分の弁護人に「警察に協力したから(私には)今回も執行猶予がつく」と話していた、という。 裁判で、A子さんは無罪となり、裁判所は判決で、B子供述について「代用監獄への身柄拘束を捜査に利用したとの誹(そし)りを免れない」と警察を批判した。捜査機関がB子を利用して、虚偽供述をさせていたことを認めた格好だ。 こんな風に、被疑者は自分の罪を軽くしたい、捜査機関は有力な有罪証拠が欲しい、という両者の利害が一致して虚偽の証言がなされ、冤罪につながる心配は、「合意制度」にもある。 注・引野口事件で検察側証人となったB子は、覚せい剤の前歴があり、実刑判決になった。合意制度は、他人の犯罪をバラすことで見返りを受ける
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