ますます増大する中国のラテンアメリカ投資。その功罪とは

就任以来一度も訪米していないアルゼンチンのクリスチーナ・フェルナンデス大統領と中国の習近平国家主席(photo from Casa Rosada Presidencia de la nación Argentina CC BY 2.0)

 ハーバー・ビジネス・オンラインでも既報の通り、中国のラテンアメリカへの投資が増大している。14億の人口を抱える中国に必要な資源の確保と中国製品の販売市場を確保して行くのが、その主な目的だ。  昨年の中国のラテンアメリカへの融資額は221億ドル(2兆7,400億円)で、世銀と国際開発銀行を合わせた同額200億ドル(2兆6,800億円)を上回る金額だ。世銀や国際開発銀行からの融資の場合には条件は厳しく、融資国の内政にまで干渉する傾向にあるが、中国からの場合には比較的にそれが緩和化されているのは融資国にとっては大きなメリットだ。  しかし、問題もある。融資する相手国の開発に中国企業の参加、労働者の派遣、そして中国製の資材を使うこと、などを条件とする場合が往々にしてあるのだ。それが現地で労働問題を引き起こし、中国製品で市場が席捲されるという問題を生むことになっている。  ラテンアメリカにおける中国からの投資や融資に依存度の強い国はブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ、エクアドルだ。昨年中国からの資金の投入が一番多い国はブラジルで、86億ドル(1兆1524億円)だ。次にアルゼンチンが70億ドル(9,380億円)で続く。それに、ベネズエラの57億ドル(7638億円)とエクアドルの8億2,000万ドル(1,099億円)となっている。その後に、チリ、ペルー、コロンビア、メキシコなどが中国資金の受け入れ国のリストに挙げられる  この中国との関係が深い上位4か国は米国との関係は極度に少ない。

就任以来一度も訪米していないアルゼンチン大統領

 例えば、南米の大国のひとつアルゼンチンのクリスチーナ・フェルナンデス大統領は今年2期目を終えるが、大統領に就任してから一度も米国を訪問していない。アルゼンチン大統領が就任中に米国を訪問しないというのは今まで一度もないという。ベネズエラとアルゼンチンは極度の負債やデフォルトを経験している為にIMFや世銀からの融資は受け難く、仮に受けるとした場合には、内政に深く干渉して来る可能性があるので、両国はそれを嫌って中国との関係をますます深めている。しかも、中国に輸出する為の豊富な資源を両国とも持っている。  中国からのこれらの国への資金の流入は開発投資と一次産品の輸入で占められる。一次産品としてアルゼンチンから大豆、ブラジルから大豆、石油、鉱物、木材、コロンビアから石油と鉱物、チリから銅と鉄、ベネズエラから石油、ボリビアから鉱物といった具合で、中国はそれを輸入し、またその開発を促進させる為にインフラ整備に投資するというパターンになっている。  このインフラ整備への投資で思い出されるのが、19世紀の英国やフランスが、アルゼンチンの穀物の輸入とその開発の為にインフラ整備として鉄道や港の開発に資金を投入したケースと類似している。いずれにしても、一次産品の輸出だけではラテンアメリカの産業構造の発展には繋がらない。  そして、中国からは加工品がラテンアメリカ市場に輸出されている。この点で深刻な問題が起きているのだ。

中国依存によってメルコスール加盟国間での貿易品に変化が……

 例えば、ブラジルとアルゼンチンはメルコスールの加盟国で相互に貿易で互恵関係にあった。ブラジルから資源や加工品をアルゼンチンに輸出していた。また、アルゼンチンからブラジルに同様の商品の流れが存在していたわけだ。  しかし、中国から安価な加工品が輸入されるようになって、両国とも加工品の貿易互恵関係が消滅しているのだ。その結果、両国の街中は中国製品に席巻されるようになってしまった。  例えば、アルゼンチンの場合に同国経済紙「イプロフェシオナル」 が、<アルゼンチンの食料品以外の製品において、その77%は中国製だ。全国に12万人の中国人が15,000のスーパーを経営している>と報じている。  スペイン紙『ラインフォルマルシオン』 によれば、<2013年にアルゼンチンが中国にブエンノスアイレスで走らす車両を81台を9,000万ドル(1兆2,000万円)で発注したが、地元の企業は猛烈に反対した>という。<「何故、アルゼンチン国内で生産しないのか」と。その理由は生産コストが安いからである。しかも資金面で中国が融通してくれるからだ。この例からも、中国との関係は地元企業の発展には如何なる貢献もしていないということを意味した>と続けている。

納期を守らない、資金が届かないなどの問題も

 同様に、中国との深まる関係によってラテンアメリカで被害を受けているのが、進出して来た企業と中国人労働者との問題である。例えば、ボリビアで起きた問題がある。<中国からの投資に併せて進出して来た中国企業50社が道路建設を行なうことになっているが、「価格は常時上げて来る、納期は守ろうとしない」と建設省の役人が不満を述べて中国大使に伝えた>ことが報じられたこともある(ボリビア紙『オピニオン・ボリビア』)。  中国の投資も彼等の優先順位があり、投資は約束したが、その資金が届かない、あるいは約束された額の一部しか届かないというケースは往々にしてあるという。ブラジルのエンブラエル社の飛行機についても、李克強首相の今回のブラジル訪問で交した合意書に同社の22機の購入が盛り込まれたが、この買付けプランは長年議題に挙がっていた物件だ。しかし、これまで実際に正式発注には至っていない。  中国のラテンアメリカへの投資規模には驚かさせるが、約束された事がどこまで実現されるのか、観察して行く必要がある。 <文/白石和幸  写真/アルゼンチン大統領官邸(CC BY 2.0)> しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。
しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身
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