日本の所得税は他先進国と比べて高いのか?――現役財務官僚が語る日本財政の真実
2015.04.24
前回のコラムでは、近年、税制体系全般にわたる改革が進められていることを述べた。 税制は様々な税目が合わさった「体系」として見ることが重要であり、それぞれの税目には特徴と役割がある。 今回は、所得税について少し掘り下げて見てみたい。 日本の所得税は、他の主要先進国と比べて、高いのだろうか、低いのだろうか。こうした国際比較をする際、前々回のコラムで論じた法人税の場合もそうだが、税率のみを見るのでは十分ではない。 所得税の場合、対象となる所得が高くなるほど、税率が高くなる累進構造がとられているが、いくらの所得からどのくらいの税率になるか、という区分(ブラケット)のあり方が重要だ。 また、様々な所得控除により、課税の対象となる「所得」は、実際に稼いでいる「収入」よりは相当程度小さくなる。こうした控除の効果も含めた、実際に納税者が直面する税負担を見ることが必要だ。 「所得」と「収入」の関係について、財務省ホームページに、給与収入700万円、夫婦子二人のモデルケースが紹介されている。 【参考資料1】所得税の課税ベース(給与収入700万円の場合) http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/236.htm(※)本稿は個人としての意見であり、組織を代弁するものではありません。 【高田英樹(たかだ・ひでき)】 1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わっている。個人blogに日英行政官日記( http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している ※本記事の関連記事も掲載中 【日本財政の『真実』】(1)~2015年度予算を読み解く http://www.mulan.tokyo/article/10/所得税の税率は、課税所得195万円まで5%、195万円から330万円まで10%、330万円から695万円まで20%、695万円から900万円まで23%となっている。だが、「収入」700万円の人にそのまま23%の税率が適用されるわけではない。 モデルケースでは、給与所得控除、社会保険料控除、基礎控除、配偶者控除、扶養控除で合計437万円が所得から控除され、課税所得は263万円となる。このうち195万円まで5%、それを超える分について10%の税率が適用される結果、所得税負担は16.6万円となる。 収入700万円に対する所得税の負担率は、実は2%強にとどまっている。(これはモデルケースの設定によるものだが、実際の控除額は、配偶者の収入や子供の年齢によって異なる。また、別途、住民税が課される。) マクロの数字で見ると、各種控除の結果、課税対象となる収入約250兆円に対して、課税所得は半分以下の約110兆円となっており、所得税の課税ベースがかなり縮小していることが分かる 【参考資料2】平成25年度予算ベース、2014年4月14日税制調査会財務省説明資料p10参照 http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2014/__icsFiles/afieldfile/2014/05/23/26zen6kai2.pdf 前記資料p7に、こうした控除や、国の所得税・地方の住民税を加味した、個人所得課税の「実効税率」の国際比較(日米英独仏)が下記に示されている。 日本の場合、相当の高収入層ではアメリカやフランスより実効税率が高いが、給与収入1000万円ぐらいまでは5か国中で最低となっている。特に、収入が低い層からの実効税率の上がり方のペースが他国に比べて緩やかなのが特徴だ。 日本の所得税率は5%から40%まで(2015年からは45%まで)あるとはいえ、納税者の8割以上に、10%以下の低税率のブラケットが適用されている。(前記資料p9参照) 【参考資料3】2010年10月19日政府税制調査会専門家委員会資料p14 http://www.cao.go.jp/zei-cho/history/2009-2012/gijiroku/senmon/2010/__icsFiles/afieldfile/2010/11/19/sen8kai1.pdf 上記資料によると、5%、10%といった税率のブラケットに圧倒的に多くの納税者が集中していることから、税率が20%を超える高いブラケットの税率を引き上げても、税率引上げ1%あたりの「増収力」は、約300億円~400億円程度にとどまる。 これに対し、10%、5%のブラケットについて、税率引上げ1%あたりの「増収力」はそれぞれ、1700億円、6200億円となっている。(つまり、例えば5%の税率を6%に引き上げれば、6200億円の増収があることを意味する。いずれも2010年度予算ベースでの推計値。)収入700万円での負担率は2割強
社会保障財源の確保について、消費税ではなく、累進性のある所得税増税で行い、高所得者に負担を求めるべきとの意見もある。しかし、所得税率引上げで兆円単位の財源を捻出するためには、高所得者向けの税率の引上げだけでは難しく、5%といった低税率の部分を引き上げることが不可欠であることが上記の試算から分かる。 所得税については近年、所得再分配機能を強化する(つまり、高所得者への課税を強化する)方向での見直しが進められてきているが、真剣に所得税の財源調達力を高めようとすれば、むしろ低所得者への課税を強化しなければならないのが現実だ。 しかも、所得税は基本的に勤労世代が負担する。今後、高齢化が進展していく中で、より相対的に少なくなっていく勤労世代のみに社会保障財源の負担を求めることは限界がある。 所得税についても様々な改革が必要だが、冒頭述べたように、それは、各々の税目の特徴を踏まえながら行う必要がある。【了】社会保障財源確保は所得税増税では難しい
この連載の前回記事
2015.04.09
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