2020年の財政黒字化に必要なこと――現役財務官僚が語る日本財政の真実

2020年度までのPB黒字化達成へ

高田英樹氏

高田英樹氏

 このコラムでも繰り返し説明してきたように、日本の財政は非常に厳しい状況にあり、今後さらに高齢化が進展していくことを踏まえれば、財政の健全化はもはや先送りの許されない課題だ。  日本政府は現在、2020年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス:PB)を黒字化するとの財政健全化目標を掲げている。(詳細は2014年11月18日2015年2月24日の本コラム参照。)  そして、その具体的な道筋を示す財政健全化計画を、本年6月末までに策定することとしている。  この計画の出発点となるのが、内閣府が本年2月12日に公表した「中長期の経済財政に関する試算」である。 ※http://www5.cao.go.jp/keizai3/econome/h27chuuchouki2.pdf  この試算では、いわゆるアベノミクスの「三本の矢」の効果が発現し、経済再生が実現する「経済再生ケース」と、経済が足元の潜在成長率並みで推移する「ベースラインケース」の2つのシナリオが示されている。

GDP成長率は2016年度から高い水準で推移

「経済再生ケース」においては、中長期的に名目3%以上、実質2%以上のGDP成長率が実現し、物価上昇率についても、日本銀行が掲げている2%の物価安定目標が達成されることを前提としている。  これによると、名目GDP成長率は、2016年度から2020年度の各年度、3.3%、3.1%、3.9%、3.5%、3.6%と、これまでの実績からすればかなり高い水準で推移することとなる。  この試算が楽観的すぎるとの指摘もあるが、これは政府が掲げる成長戦略と整合的なものであり、いわば「目指すべき望ましい姿」といえる。  だが、この経済再生ケースにおいても、2020年度時点で約9.4兆円のPB赤字が残存する試算となっており、黒字化目標は達成されない。したがって、今後5年間でこの収支差を解消するための何らかの方策が必要となる。  なお、2017年4月に予定されている、消費税率の10%への引上げは、すでにこの試算の中に織り込まれている。

ベースラインケースから再生ケースへの移行で7兆円

 政府はこの赤字を解消するための方策として、(1)デフレ脱却・経済再生、(2)歳出改革、(3)歳入改革の3つの柱に取り組むとしている。まず、第1の柱である経済再生を進めることによって、税収を増加させることは、財政再建の観点からも重要だ。  だが、前述の9.4兆円の赤字は、経済再生ケース、すなわち、これまでよりも格段に良い経済状況が実現することを前提としても、なおかつ残存するものであることに留意しなければならない。これに対し、経済が足元の潜在成長率並みで推移する「ベースラインケース」では、2020年度のPB赤字は16.4兆円となる。  すなわち、第1の柱である、デフレ脱却・経済再生の「果実」は、経済を「ベースラインケース」から「経済再生ケース」へと移行させることにより、PB赤字について16.4兆円から9.4兆円へと、7兆円改善させることで相当程度実現されていると考えられる。  したがって、残る9.4兆円の赤字解消のためには、第2・第3の柱である歳出改革、歳入改革が鍵となる。  なお、内閣府試算では、経済成長による税収増を十分に織り込んでおらず、経済成長のみで赤字は解消できるとの議論もあるが、現時点からそうした「期待」に頼ることはリスクが大きいだろう。  内閣府試算では、経済再生ケースにおける2020年度の一般会計税収は68.4兆円となっている。これは、バブル期の資産高騰などを受けて、過去の税収のピークとなった1990年の60.1兆円を大きく上回っている。  これよりさらに税収が増えるためには、経済再生ケースが前提とする高い成長率のみならず、その成長率を大きく上回る税収増加率が必要となるが、そうした状況が長年安定して実現するかどうかは甚だ不確かだ。

経済成長は政策で自由にコントロールできない

 また、経済成長は、民間主体の活動を中心とした、内外の様々な要因により左右されるものであり、政府の政策で自由にコントロールできるものではない。したがって、政策手段の主軸として据えるには限界もある。  何より、2020年度のPB黒字化は、一時的な経済好調によって瞬間風速的に到達すればよいものではなく、その後も黒字を継続していかなければ財政の健全化はできない。  過去の歴史をみても、好景気は永続するものではなく、何年かのうちには失速する局面を迎える場合が多い。例え日本が適切な経済運営をしていたとしても、リーマンショックのような外的ショックにより景気が悪化することも十分ありうる。  経済が失速したとたんに財政が急激に悪化するということを日本は過去に繰り返してきたが、もはやそうした失敗を繰り返す余裕はない。中長期的な財政健全化のためには、歳出・歳入の構造的・制度的改革により、安定的に財政収支を改善させることが不可欠だ。そのための議論が今なされているのである。【了】
(※)本稿は個人としての意見であり、組織を代弁するものではありません。 【高田英樹(たかだ・ひでき)】 1995年に東京大学法学部卒業後、財務省(旧大蔵省)に入省。1997年から99年に英国留学。2003年から06年に、英国財務省で勤務。2009年に民主党政権下で新設された「国家戦略室」の最初の職員として抜擢された。主計局、主税局等で、主に財政政策に携わっている。個人blogに日英行政官日記(http://plaza.rakuten.co.jp/takadahmt)がある。 記事提供:ムーラン (http://www.mulan.tokyo/) 新世代のビジネス・ウーマンのためのニュースサイト。「政策決定の現場である霞が関、永田町の動向ウォッチ/新しいビジョンを持つ成長途上の企業群が求める政策ニーズを発掘できるような情報/女性目線に立った、司法や経済ニュース」など、教養やビジネスセンスを磨き、キャリアアップできるような情報を提供している ※本記事の関連記事も掲載中 【日本財政の『真実』】(1)~2015年度予算を読み解く http://www.mulan.tokyo/article/10/
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