年間150万人を集客。世界遺産「白川郷」の街おこしの戦略と戦術
日本有数の豪雪地帯、岐阜県白川村。「白川郷・五箇山の合掌造り集落」がユネスコ世界遺産にも登録されている、国内はもとより海外にもその名の知られた村だ。年間に白川村を訪れる観光客数は150万人。村民数わずか1600人の村に、人口の約1000倍の観光客が訪れている計算になる。
2014年、円安などのさまざまな追い風を受けて、訪日外国人旅行者数は1300万人を超えた。だがそのほとんどは東京や京都、大阪などの”観光力”の高い大都市に集中している。ところが、白川村のある岐阜県は2011、2012、2013年の間に宿泊者数が3倍以上に伸びている。地方の自治体としては異例とも言える集客力を見せているのだ。実は岐阜県は早期から観光立県として海外戦略に取り組み、県知事自ら海外に赴いてトップセールスを行うなどして、外国人観光客の誘致を進めてきた。例えば県の観光パンフレットは8か国語対応となっていて、しかもそれぞれの国で人気の高い写真などを入れ替えたデザインとなっている。そのパンフレットの柱は当然、世界遺産の白川郷だ。
そうした”顧客”に対する対応は、観光客の受け皿となる白川村側まで連続している。観光バスが到着する案内所に置かれている荻町の合掌集落の地図も、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語のほか、韓国語にタイ語、中国語は簡体中文と繁體中文で書かれたものが用意されている。合掌造りを巡れるような情報動線がひかれている。
観光資源の保全と、その意志を共有するため2003年に「村、村民、事業者が適切に役割分担し、相互の連携と協力」を取る景観条例が制定された。合掌造りだけでなく、村全体として特徴ある景観形成をしていこうという条例で、荻町、寺尾、平瀬という3地区それぞれ異なる景観形成の方針が策定されている。
県がトップセールスを行い、受け入れる白川村は観光資源を整備・確保する。県と村がそれぞれの階層での役割を果たしながら、密接に連携しているからこそ、通常では考えられないような規模の円滑な受入れが可能となっている。
白川郷の観光の目玉は何といっても世界遺産の合掌造りである。だが、PRという視点から考えたとき、PRの資源――ネタが「景観のみ」に偏っては観光が産業に発展しない。地元を訪れる観光客の目に魅力的に映るような企画の開発が必要だ。その際に、多くの地方自治体で「B級グルメ」をまちおこしの目玉に据えようと考える。
グルメに着目すること自体が間違っているわけではない。だが、安易な思いつきで作られるメニューがなんと多いことか。「その地域らしさ」の掘り起こしが甘いまま、物語性のない思いつきでつくられたメニューはたいていの場合、あっという間に廃れていく。
最近、白川村発のご当地グルメが話題になっている。2014年「ニッポン全国鍋合戦」で優勝し、翌年改称された「ニッポン全国鍋グランプリ2015」でも2位となった「白川郷平瀬温泉飛騨牛すったて鍋」――通称「すったて鍋」だ。出汁のきいた濃厚な大豆のポタージュをベースに、飛騨牛に村の産品のきくらげや根菜を加えた鍋仕立ての一杯だ。白川村役場の産業振興・観光担当主査の高島一成氏はメニュー開発の当時をこう振り返る。
「村全体としても名物メニューの必要性は感じていましたが、中途半端なものを作ったら「世界遺産」というブランドすら毀損しかねません。ストーリーも味もしっかりしたものでなければならない。大豆をすりつぶした汁物の「すったて」自体は長くこの地で祝い事や報恩講で親しまれてきました。白川郷の産品であるきくらげのほか、岐阜ブランドの飛騨牛にも加わっていただきました(笑)」
近年、素材の生産から製品化、販売までを行う「六次産業化」が農業や漁業にまつわるキーワードとして取り上げられる。だが「すったて鍋」は地元の一次産業だけではなく、味、ブランド、ストーリーをより強く届けるために近隣で生産される産品も組み入れた。「1+2+3」ではなく、「2✕3」という”キュレーション”的六次産業化である。
通常の六次産業の文脈にのっとった産品も開発した。白川郷で収穫されたコシヒカリを使用した「白川郷べーめん」、つまり米の麺である。村の居酒屋で「炒めべーめん」を注文したところ、アツアツなのに強いコシの太麺が皿に盛られていた。熱い麺は冷たい麺に比べてどうしてもコシが抜けやすいが、「白川郷べーめん」は盛岡冷麺を彷彿とされるような強いコシにしなやかさを持ち合わせている。
いい米を作るにはいい「水」も必要だ。白川村は水の良さにも定評がある。実はナチュラルミネラルウォーター「い・ろ・は・す」の北陸地方の製品は白川村も流域の庄川水系から採水されている。こうして飲食以外にも温泉やスキー場など、白川村では村内全域にあるリソースを入念に掘り起こした。
⇒【後編】へ続く「底知れぬ白川郷の観光資源」https://hbol.jp/26345
<文/松浦達也>
まつうら・たつや/東京都生まれ。編集者/ライター。「食」ジャンルでは「食べる」「つくる」「ひもとく」を標榜するフードアクティビストとして、テレビ、ラジオなどで食のトレンドやニュース解説を行うほか、『dancyu』などの料理・グルメ誌から一般誌、ニュースサイトまで幅広く執筆、編集に携わる。著書に『家で肉食を極める! 肉バカ秘蔵レシピ 大人の肉ドリル』(マガジンハウス)ほか、参加する調理ユニット「給食系男子」名義で企画・構成も手がけた『家メシ道場』『家呑み道場』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)はシリーズ10万部を突破
この数字がどれほど驚愕に値するか。例えば、国内屈指の観光地、沖縄の石垣市への年間来訪者数は111万6000人(2014年)。同市の人口は約4万8000人だから、約23倍。同じ世界遺産というコンテンツを持つ観光地、屋久島でも人口1万3000人に対して、年間の来島者数は約40万人。およそ30倍だ。人口の1000倍近くの観光客が訪れるというのは文字通りケタ違いの集客と言っていい。
一日に白川郷に発着するバスの便数は定期便だけで数十にのぼる。太平洋側からは東海道の要衝である名古屋、日本海側からはこの3月14日から北陸新幹線が開通する金沢がターミナル駅で、そのほかに高山などからの便もある。所要時間は名古屋から2時間半~3時間弱、金沢からなら1時間強。金沢から乗った大型バスはほぼ満員で、乗客の大半は外国人観光客だ。
確かに白川村には「世界遺産」というコンテンツはある。だがなぜこれほど海外から人が押し寄せるのか。そしてなぜそれほどの観光客の受け入れが可能なのか。その理由は多岐に渡る観光客の誘致施策と、外部企業との連携による利便性向上、村民の当事者意識の底上げなどさまざまな施策が組み合わせられていた。
県と村との緊密な観光連携
着地型コンテンツの創出
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