アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF  CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION  TRADEMARK FATHER LIMITED  F COMME FILM  CINÉ-@  ORANGE STUDIO 2020

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 5月14日に『ファーザー』が公開予定となっている。本作はアカデミー賞で6部門にノミネートされ、主演男優賞をアンソニー・ホプキンスが史上最高齢の83歳で受賞し、脚色賞も受賞した。  この受賞は後述する理由により、非常に物議を醸した。だが、実際の『ファーザー』のホプキンスの演技を観れば、惜しみない賞賛が届けられていることに、誰もが納得できるのではないだろうか。  また、パッと見のイメージで「認知症の父と介護をする娘の愛を描いた感動作」と思われるかもしれないが(そうでもあるが)、本編を観れば意外にも「2度観たくなるサスペンスミステリー」「自己の認識が不確かになっていく戦慄のホラー」という印象もあったのだ。  さらに、認知症を題材としながらも、重く苦しいだけの内容ではなく、クスクスと笑えるユーモアもあり、エンターテインメントとしても万人におすすめできる内容であった。  舞台はほぼほぼアパートの部屋の中のみ、主要登場人物はたったの6人とミニマムで、上映時間も93分とコンパクトであるのにもかかわらず、ここまで映画としての豊かさがあるということにも驚嘆せざるを得ない。大きなネタバレにならない範囲で、さらなる特徴を記していこう。

記憶と時間の混乱の疑似体験

 ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは、娘のアンが手配しようとする介護人をことごとく拒絶していた。ある時、アンソニーの住むアパートに、見知らぬ男が突如として現れる。彼はアンと結婚して10年目になる夫だと言うのだが……。  先に申し上げておけば、この『ファーザー』は「認知症による記憶と時間の混乱を疑似体験させる」内容だ。
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 主人公のアンソニーは初めは「介護人に時計を盗まれた」と騒ぎ、それでいて後に自分で隠した時計を発見しても悪びれない、認知症の典型的な物盗られ妄想をしている。その後、「家に見知らぬ(観客にとっても知らない)男がいて、しかも娘の夫だと言われる」ことで、数分前のことも思い出せないどころか、身内のことですら忘れてしまうという認知症の症状を、観客が「当事者」として体験できるようになる、というわけだ。  さらに、アンソニーには、少し前に言った言葉と矛盾する出来事にも遭遇し、それらは提示される時系列でさえバラバラにも思える。例えば、娘のアンは「新しい恋人がいるパリに引っ越す」と言っていたはずなのに、その後すぐにアンと結婚して10年目になる夫という男が現れた上に、さらにアン自身が「パリに行くなんて言ってない」とはっきりと口にしたりもする。これらも、認知症の記憶の混濁や欠落の症状に思えるが……「そうだとも断言できない」ことが提示されていることも、本作の巧みなところだ。

「認知症だから」と断言できない恐ろしさ

 そのように認知症を疑似体験させる内容でありながら、「ここは認知症の症状によるものではないのでは?」「間違っているのは彼だけなのだろうか?」と、観客はさらなる揺さぶりをかけられたりもする。それほどまでに、彼に降りかかる出来事は混沌としていて、「何が真実なのかがわからない」不気味さと恐ろしさがあった。  そして、劇中の会話および出来事、言い換えれば記憶の断片からは、やがて「真実」が見えてくるようになる。そこには「パズルのピースを集めて完成させる」ような、それこそミステリーを解き明かすかのような面白さがあるのだ。
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 そして、映画を観終わった後に「あの時のセリフはこういう意味だったのか」「あの行動の意味がやっとわかった」などと、本編で直接的に描かれていない「余白」に、様々な想像が及ぶことだろう。その想像によって、本作の感動は倍増するはずだ。  「2度観たくなるサスペンスミステリー」である理由も、まさにそれだ。謎が謎を呼び翻弄される様は『ユージュアル・サスペクツ』(1995)のようでもあり、出口のない迷路に迷い込んだようなような印象は『マルホランド・ドライブ』(2001)のようでもあり、妄想か現実かもわからなくなる様は『ジョーカー』(2019)のようでもあった。
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