アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

改めて、主演男優賞に値する理由

 『ファーザー』でアンソニー・ホプキンスが主演男優賞を受賞したことは、「番狂わせ」であるとも話題になった。2020年に亡くなったチャドウィック・ボーズマンが、Netflix映画『マ・レイニーのブラックボトム』で主演男優賞を受賞することが有力視されていたからだ。  加えて、アカデミー賞では作品賞を最後に紹介するのが通例であったが、今回は特別に最後に発表されたのが主演男優賞であり、それはボーズマンが受賞し、故人を讃えることを前提とした順番の入れ替えだと推察された。だが、実際に受賞したのが会場に不在であったアンソニー・ホプキンスであり、その終幕の呆気なさも含めて、物議を醸していた、というわけだ。(会場に不在だったホプキンスはインスタグラムで受賞への感謝とボーズマンへの敬意を語った。)
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 その混乱は、言うまでもなく授賞式の体制側の問題であるため、作品の演技とは切り離して考えるべきだ。実際に『ファーザー』におけるホプキンスの演技は以前から絶賛されており、ボーズマンの明確な対抗馬であったという事実も、認識しておくべきだろう。  また、前述した通り、ホプキンスは今回の演技について「簡単だった」と答えており、そのことにも一部で反発があるようだ。確かに俳優の血の滲むような努力や奮闘があってこそ賞に値する、というのも一理ある。だが、今回の『ファーザー』では、ホプキンスにあて書きされた脚本で、認知症の兆候があったあの頃の父を演じるという、「自然体」とも言える役への取り組みが、史上最高と称される名演を引き出したと言える、そのこともまた賞賛されるべきではないだろうか。  なお、ホプキンスは29年前に『羊たちの沈黙』(1991)でも主演男優賞を受賞したのだが、実は主演シーンが20分も満たなかったという事実もある。それで受賞するほどにインパクトが絶大があったということであるが、今回の『ファーザー』は全編に渡って登場する、堂々たる「主演」であり、ラストには心からの涙を誘う、歴史に残る名演をみせているのだ。改めて、ホプキンスの2度目の主演男優賞の受賞を、心から祝福する。
© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF  CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION  TRADEMARK FATHER LIMITED  F COMME FILM  CINÉ-@  ORANGE STUDIO 2020

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 最後に、ボーズマンが主演男優賞受賞を惜しくも逃したNetflix映画『マ・レイニーのブラックボトム』も、合わせて観て欲しいと願う。劇中ではボーズマンが演じているのは自信過剰で独善的な男であり、とても『ブラックパンサー』(2018)の屈強なヒーローと同じ人だとはとても思えなかった。黒人たちの希望になっていたスター俳優のボーズマンが最後に演じたのが「黒人の怒り」を体現したような人物であり、それを全身全霊の熱演で表現したことも、また歴史に残る偉業だろう。ボーズマンとホプキンス、どちらが主演男優賞を受賞しても大いに納得できる名優の凄さを、ぜひ見届けて欲しい。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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