ロンドン再封鎖12週目。緩和策は「お帰りなさい」であって、「お」が落ちて「帰りなさい」になってはならない。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

ジョンソン首相の言う「資本主義の勝利」って?

「定期的に消毒してます」の表示

公園のベンチや駅の各所にも、あちこちに「定期的に消毒してます」の表示がある。たぶん不潔恐怖症気味に感染を恐れる人も多いのだろう。確かに今は電車のつり革を握るにも躊躇する

 それにしても、たった3ヶ月で世界の底辺から一躍トップに躍り出た英国の秘策とはなんだったのでしょう。もちろんワクチンを打ちまくった結果なのですが、なぜ打ちまくれたのか。現在も第3波でてんやわんやの欧州各国に先んじて打ちまくれた理由とは。  3月25日、ジョンソン首相は、保守党議員らとの私的なビデオ会合で接種事業が成功を収めた原因を訊かれ【貪欲(Greed)】と【資本主義(capitalism)】の勝利だと発言しています。これは物議を醸す前に、その場で首相が大慌てで火消ししたため彼らしい軽率なご意見ですね、で終わりました。  死者が少ない理由を問われ「民度がいい」などと答えたどこかの国の下品極まりない大臣に比べたら、わたしは気の利いたジョークだと思いましたけどね。解んなくて当たり前なんだから「ドリプシ飲んでるからじゃね?」とか「ヤクルトのおかげじゃね?」とか嘯(うそぶ)いときゃいいのにね。恥知らず。  さて、なぜジョンソン首相がかくも必死で吐いた言葉を撤回したかというと、この発言がともすれば製薬会社を揶揄していると解釈されかねなかったからです。もちろん首相は全国民×2のワクチンがどれくらいかかっているかは重々承知しているでしょう。しかしどれほど必要不可欠でも高額は高額なのです。  2012年、本年度の予算にはワクチン接種展開費用として16.5億ポンド(2,500億円)が計上されています。検査能力向上のためだけにでも5,000万ポンド(73億円)。ちなみにワクチンの結果、重度の不具合が出た場合1,500万円貰える(ワクチン・ダメージ・ペイメントと呼ばれます。祈るように副作用を願う人もけっこういそうな〈笑〉)。国としてもそうそうリスクがあっちゃ困るわけですね。  予算というのはたいがい見積りを上回るものですから失言の裏には昨晩にでもこれまで実際にかかった費用の領収書と、これからかかる費用の概算でも目にして「コンチクショー!」的な気持ちになっていたのかもしれません。しかし誤解を招く恐れはあったにせよ、そんなに間違った分析ですかね?  周知の事実だと思っていたんですがアストラ・ゼネカ社は英国に原材料だけ、実費のみで自社のワクチンを販売しています。それどころか全世界にご奉公している。もちろん輸送費や各国ごとのレギュレーションに対応するため割高にはなりますが儲けをほぼ度外視しているんですよ。でなければ貧困国へのワクチン提供も難しいので。

そして「貪欲」こそがワクチン接種成功の秘訣

再開した学校の生徒たちへのメッセージ

これは再開した学校の生徒たちへのメッセージだが、活動範囲が広がったみんなへの「お帰りなさい」であるように感じる。この先「お」が落ちて「帰りなさい」にならないことを望む

 パンデミックが本格化した一年前、まともな補償を政府が表明しなかった日本では「コロナで死ぬ前に貧困で首を括らなきゃならない」という言説が飛び交いました。メディアでも「経済回せ回せ」と五月蠅(うるさ)い連中がウヨウヨ。しかし本当の経済なんて小金持ちが多少浪費したくらいで回るもんじゃありません。  そういう意味ではジョンソン首相の言うように資本主義が支配的な社会だったからこそ、ワクチンが流布したともいえるのです。資本主義は愚かなシステムかもしれませんが、まさしく馬鹿と鋏は使いようなのです。道具としてうまく利用すれば役に立つ。英国のゲイライトでも大いに力を発揮しました。  おなかの大腸菌にも善玉と悪玉がいるのに似ています。あるいは寄生虫が宿主を殺さないように活動するのに近いかもしれません。  【貪欲】についてもそうですね。キリスト教「七つの大罪」に数えられるのでヤバいと考えたんでしょうが、【貪欲】ほど英国のワクチン接種ローラー作戦の形容詞としてぴったりなものはありません。七つの大罪を現代に置き換えたガンジーの「七つの社会悪」に重ねれば貪欲は「道徳なき商業(Commerce without Morality)」に当たるのでしょうが、それにも当てはまらないでしょう。 ◆入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖12週目】3/25-31 <文・写真/入江敦彦>
入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。
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