呉座勇一「炎上」事件で考える、歴史家が歴史修正主義者になってしまうということ

上御霊神社

応仁の乱発祥の地の上御霊神社。Photo by 一球 / PIXTA(ピクスタ)

 「陰謀実行の最大の難点は、秘密裏に遂行しなければならないため、参加者を限定せざるを得ないところである」(呉座勇一『陰謀の日本中世史』角川新書、2018年、49ページ)  3月末、日本中世史研究者の呉座勇一が、Twitterの鍵アカウントで英文学研究者の北村紗衣を含む様々な人物に中傷を行っていたことが発覚し、NHK大河ドラマの監修を辞任し、所属先の研究機関もコメントを出すなどの事態になった。非公開アカウントとはいえ、約4000人のフォロワーに対して、リツイートやいいねを含めて一方的な中傷を行っていたことが問題視された。その中傷の中には、セクシュアルハラスメント的な発言も含まれている。筆者も呉座によって中傷された者のうちの一人だったが、その件については本人から謝罪をいただいている。

発端は、別の日本中世史研究者の「ネトウヨ的」発言

 この件の発端は、同じく日本中世史研究者の亀田俊和が、『異形の王権』(平凡社)などで知られる日本中世史研究の大家、網野善彦に対して、「ほんとレフティwな方ですね」「日本嫌いなのに、何で日本史研究したんだろ?w」というツイートをしたことが、専門研究者とは思えないぐらい軽薄なコメントであるとして批判が集まったことにある。  このツイートは網野が国旗国歌法に反対する文章を読んでのことだそうだが、「日本が嫌いなのに何で~」という論理はまさに匿名ネトウヨのそれであり、ベストセラー『観応の擾乱』の著者がまさかそんなことを言うなんてと、多くの者に驚き呆れられたのだった。  亀田はこの発言を早期に謝罪・撤回したが、Twitterの研究者「クラスター」の中で、日本史学・人文学とマルクス主義の関係について勝手に語りだす研究者が増加し、一大論争となっていく。その過程で、呉座勇一の鍵アカウントのスクリーンショットが出回り、この間も様々な人物に中傷を行っていたことが露見することになった。

歴史修正主義発言も露わに

 呉座勇一は、北村紗衣に対する中傷が露見した事実を受けて、自身のアカウントを公開にして、自分自身が抱えているミソジニーを認めたうえで、北村紗衣に謝罪した。しかし同時に、アカウントが公開になったことによって、彼がTwitterで今まで書いてきたこと、何に対していいねやリツイートをしてきたかがすべて露見することになった。その内容は中傷や差別、また歴史研究者にもかかわらず歴史修正主義に加担するようなものまであった。  この事件は学術関係者に衝撃を与えており、また事実の露見・謝罪後も、セクシュアルハラスメントとも言い得る中傷行為の被害者の北村紗衣の同意を取らずに勝手に被害者と加害者の仲介役を名乗り出たり、早期の幕引きを提案したり、加害者への批判を抑制したりする研究者が多発したことによって、アカデミアにおけるホモソーシャル、性差別の問題の深刻さが改めて明らかになった。一方、この事実に心を痛め、性差別に対する取り組みを進めようとしている研究者も多い。  もちろん上記の論点は重要であり、この事件が語られるうえで主要な関心を集めているのも当然だ。しかし本記事では、比較的語られてきていない歴史修正主義の問題について取り上げて考えたい。
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「現実主義的」反歴史修正主義者
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