ロンドン再封鎖10週目。ショッキングな警察官による女性殺害事件など新しい社会不安の中、コロナ禍で迎える2回目の春<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

「公有地」(Common)と呼ばれる広大な緑地帯

英国には市街地にも「公有地」(Common)と呼ばれる広大な緑地帯が存在する。なかには自然のままに残された雑木林や池もみつかる憩いの場所。本来、夜でも安全なエリアなのだ。

コロナ禍での「公」への意識

 3月3日の夜、ロンドン南部のクラプハムで消息を絶ったサラ・エヴァラードさんの失踪が殺人事件として広く報道されたのは11日のことです。郊外で発見されていた遺体の本人確認が取れたのは翌12日ですが、すでに容疑者も9日の段階で身柄を拘束されていました。それは現職の警察官による犯罪であったと公表され人々をひどく驚かせました。  そしてこの事件は予想外な方向へ展開していったのです。それはコロナ禍との大きな関わり。  基本的にこの国で起こるテロや組織犯罪以外の殺人事件というのは親族や顔見知りによる犯行が大部分を占めます。発生するのも住居内でなければ治安の悪い場所であることが多く今回のような閑静な住宅街近辺では稀(ただし犯行現場とみられる公園はゲイの出会い(ハッテン)場で、彼らを狙った暴行は多かった)。  ロックダウン中なのに友人宅訪問? とか、真夜中に独り歩きで? とかそういう不注意を差っ引いてもエヴァラードさんを責めるのは難しいでしょう。まして相手が警察官であれば油断するのも無理はありません。SNSを中心にかつて「怖い思いをした」女性たちが経験を共有し、人権団体が音頭を取って追悼集会が企画されました。  これはとても大切な集まりです。物見遊山ではないのです。しかし問題はコロナ。いまの時期、一歩間違えば元の木阿弥(パンデミック)に戻るのではないかという分岐点にあって大型集会はあまり歓迎されません。しかし追悼やデモ、公に対する社会的な主張というのはタイミングがとても重要。コロナ禍が過ぎるのを待てばよいというものでもありません。  主催者の申請は許可されず、というか条件を話し合うためのミーティングは警視庁側からキャンセルされ、ゆえに参加者は会場(野外)へと〝個人的〟に雪崩込み、阿鼻叫喚となりました。ニュース映像を見る限りとても死を悼む雰囲気じゃなかった。  ダイアナ妃が亡くなったとき、SOHOのゲイパブが爆破されたとき、わたしも追悼集会というものに参加しています。夥しい弔問者と反比例する静寂。胸を搏たれました。今回はむしろアグレッシヴな抗議活動の態だったので、たぶん来た人たちも大半が「これじゃない」感に打ち拉がれたでしょう。  英国に住む97%の成人女性が、女性ゆえの恐怖体験を持っていると言われます。それだけに今回が、ただの騒動で終わってしまってはいけない。そもそも混乱したのはロンドンだけで、地方都市で開催された同様の追悼集会は平和裏に終わっています。  とどのつまり、これは【安全保安】と【表現の自由】の鬩(せめ)ぎあいなのです。

#BLMとは違った手続きと風景

#BLMのときとの違い

#BLMのときは片膝で跪き弔意を表す白人警官の姿もあった。それが今回はどうしてこうなってしまったのか。現場には性器を露呈するウヨ集団も出現。しかし連行すらされなかった。

 すでに思い描かれている方も多いでしょうが昨年第1回目のロックダウン時にも大規模なデモがありました。#BLM です。あちらはアメリカが発端ですが、罪のない人間が警官に殺されるという悼ましい事件が抗議運動となって世界中に広がりました。もちろん英国各地でもデモが行われています。  さて、このときはデモの認可が下りてるんですよね。ソーシャルディスタンスこそいまひとつ曖昧でしたが、みなマスクはしっかりと着用していた。自分たちの身を守るというよりは、でなければ参加しない人がいる、そしてデモは数が意味を持ちます。主催者の啓蒙が実った形です。実際にクラスタは調べた限りでは英国では発生していません。  ならば、なぜ今回は許可が出なかったのでしょう。まずは「最後のロックダウン」にすべく不退転の決意で計画を進めている以上、いかなリスクも負いたくなかったこと。そして、そのためにロックダウン時の警察にはより大きな権限が与えられており(*参照:The Met)いつもよりも強権発動ぎみであったこと。取締りシーズン中のネズミ捕りに喩えたら失礼でしょうか。  個人的には警察側の不手際というか勇み足というか、いや、もっと単純に采配ミスと呼んでかまわないと思います。表現の自由は何があっても順守せねばならない民主主義の基本だからです。コロナを理由に中止させられていいものではない。  日本だとデモに表現の自由という言葉を使うのは違和感があるかもしれません。しかし人種や性別、セクシャリティなどを理由に抑圧されたとき声をあげる権利をそういわずしてなんというでしょう。  けれど騒動のアイコンのように使われていた「警官に抑え込まれた赤毛の美女の写真(*参照:「BBC」)」はちょっとできすぎでパフォーマンス、あるいは〝作品〟に見えてしまったのは皮肉な話。わたしはグエルチーノの「ペリシテ人に捕らえられるサムソン」みたいな構図だと思いました。まあ、あの絵の女性(デリラ)は拿捕(だほ)する側なんですが。
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表現の自由が陥る「はき違えた自由」
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