ロンドン再封鎖10週目。ショッキングな警察官による女性殺害事件など新しい社会不安の中、コロナ禍で迎える2回目の春<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

表現の自由が陥る「はき違えた自由」

アーティストによる奴隷商人像の公認凌辱にはかのバンクシーも参加

アーティストによる奴隷商人像の公認凌辱にはかのバンクシーも参加している。銅像にロードコーンを被せてキャピタリズムを批評するシリーズだ。写真はジョージ・ワシントン。

 #BLMのとき、ブリストルという港町で斃(たお)された奴隷商人像を覚えておいででしょうか。あれはもう何十年も問題になっており、ずっと以前に撤去さるべきものでしたが、あんな形での破壊は反感を生むだけ。ましてラスボスじゃあるまいし。あのあと英国で急速に運動が冷えてしまった。  映像を見ていただけば判りますが、銅像を破壊した一群のなかにはかなりの白人が混じっています。今回も騒ぎが大きくなる直接原因となった警察官への暴力を振るったのは野郎どもです。黒人さんの怒りガー! 女たちの怒りガー! と叫びながら乱暴を愉しむ連中は自分の怒りを仮託して状況を利用しているだけの卑怯者としかわたしには考えられません。  ましてそれがいかに有り得ざるものであっても認可を受けて立っている銅像の破壊なんて行為は表現の自由に悖(もと)る行為。ならばそんな連中はデモという表現の自由に参加する資格はありません。#BLMの名のもとに正式に合法的に引き摺り下ろして足蹴にしてやるべきでした。  ちなみにこれまでもこの像は立ったまま何人ものアーティストたちの熾烈なインプロ――表現の自由――の洗礼を受けています。許可も無許可も含め、どれも素晴らしいものでした(*参照:「Appollo Magazine」)。  表現の自由という話になると、すぐに「ならば偏見に基づいたヘイトスピーチだって許されるべきではないか?」と言い出す人たちがいます。全然違う。自由をはき違えているだけで、そこに表現なんてなんにもないからです。想像力やシンパシーという機動力があってはじめて思想やイデオロギーも表現になる。ジョン・レノン曰く「Imagine!」ってやつ。  しかし、Imagine の足を引っ張るのもまたImagineだったりするんですよね。英国がワクチンによって集団免疫を獲得した世界を夢想してビシバシ接種を進めている反面(先週34%から今週で37%にまで拡大)欧州では根強いアンチ・ワクチンの思想が厄介なカルトみたいに社会を侵食しています。  まさにこの期に及んでというタイミングでオランダ政府がアストラゼネカ製ワクチン接種の中止を発表。ニュースが流れたとたん英国人たちはみんなオランダの方角に向かって「アホか!」「ええ加減にしなさい!」と総ツッコミをいれました(嘘)。イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなど欧州複数国の後に倣った形ですが医学的根拠はやはり曖昧なまま。危険性(リスク)の論拠となる数字も示されていません。    各国が示す最大の中止理由は「副作用で脳に血栓ができた」というものでしたが、1千7百万人がこれまでにアストラゼネカの接種を受けて35人ですよ。しかもまだ因果関係は証明されていません(*参照:「Patient」)。どんな薬にも利点と同時に副作用はある。しかしそのふたつを比べたときにはるかに利点があれば人は薬を服用します。それだけの話なんです。

お花見ピクニックは今年も持ち越しか

Cecile park

うちの近所にCecile parkという名所がある。普通の住宅街なのだが両脇の並木がずっと八重桜(関山)。4月半ばには見事な風景が出現する。その頃にはもっと収束していてほしい。

 しかも新コロってやつはワクチンを打たないかぎり、どこまでも他人に感染させるリスクを負って生きていかねばならない。それも相手がワクチン未接種ならば致死性が異様に高い。次々と変異種を誕生させる温床作りに加担することにもなる。ケアホームでは家族に会いたくてお年寄りが毎日泣いている。その通せんぼをするのがアンチ・ワクチン派。  50万分の1を怖がった結果、イタリアでは3月になった途端に第三派来襲。昨年12月頭の第二波のときにワクチンなしでピークを乗り切ったので自信があったのでしょうが……。死者が100人を切る日も珍しくなくなった英国とは裏腹に、一日400人を突破してまたしもロックダウンに突入です。  この話は日記の区切りから一日はみだすのですが、そんなクリフハンガー誰も喜ばないので書いてしまいますね。3月18日、欧州医薬品庁(EMA)はアストラゼネカを「安全で有効」と結論づけました。EU主要国でワクチンの接種再開! オランダの愚かな決定が三日で覆って本当によかった。  いまのところワクチンについての不穏なニュースは〝品不足〟に他なりません。英国も含め、欧州はアストラゼネカとは別の理由でロシアや中国産のワクチンを認可していませんから(とても正しい判断だと思います)大陸側のGoサインによって、いよいよ深刻化するんじゃないかと懸念されているのです。  自分たちの国はなんとかなってもインドやアフリカ各国など、自国で賄えないところへの供出が遅れるんじゃないかという心配もあります。コロナはトランプ式のAmerica First 思考では絶対に解決しません。ワールドワイドに足並みを揃えないと。日本もファイザー社との契約は世界水準で早かったんですけどねえ。あのままいけばアベノマスクの失笑を払拭できるお手柄だったんですが。ともかくジョンソン&ジョンソン社のワクチンがもう認可目前まで来ていますから大丈夫と信じたいところ。  散歩すれば桜の花が開きはじめています。昨年、ロックダウン中に花見の季節を迎えたとき「このシーズンは駄目そうだけど来年はみんなでピクニックしようね!」と友達たちと話をしていました。まさか今年の桜もツレとふたりだけで近所でしなきゃなんないなんて予想もしていませんでした。  けど、二年連続で我慢した人たちにとって2022年の桜はきっとずっと美しく、花の下で傾ける一献はきっとずっと旨いはずだとわたしは確信しています。 ◆ 入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns【再封鎖10週目】3/11-17 <文・写真/入江敦彦>
入江敦彦(いりえあつひこ)●1961年京都市上京区の西陣に生まれる。多摩美術大学染織デザイン科卒業。ロンドン在住。エッセイスト。『イケズの構造』『怖いこわい京都』(ともに新潮文庫)、『英国のOFF』(新潮社)、『テ・鉄輪』(光文社文庫)、「京都人だけが」シリーズ、など京都、英国に関する著作が多数ある。近年は『ベストセラーなんかこわくない』『読む京都』(ともに本の雑誌社)など書評集も執筆。その他に『京都喰らい』(140B)、『京都でお買いもん』(新潮社)など。2020年9月『英国ロックダウン100日日記』(本の雑誌社)を上梓。
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