劇中の幼い少年デビッドは、リー・アイザック・チョン監督を投影したキャラクターだという。監督は自身の娘と同じ頃の思い出を書き出してみたところ、「両親が激しく口喧嘩していた」こと、「父のもとで働いていた男性が十字架を引きずって街を歩いた」ことなどがあり、「自分が語り継ぎたいのはこういう物語なのだ」と実感したそうだ。その思い出がそのまま『ミナリ』の劇中に反映されている、つまりは監督の半自伝的内容となっているというわけだ。
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また、チョン監督は、自身の父が『大いなる西部』(1958)などの映画を観て、豊かな土地に憧れを抱いてアメリカにやって来たのだが、現実は厳しく、父が夜中の2時に雪の中で木々に覆いをかけていた姿を今でも覚えていたのだそうだ。
そのような幼い頃の経験があってこそ、チョン監督は「農業は一定のリスクを伴うけど、それを描いている映画は非常に少ない。だから、そういう部分を見せたかったし、それと対比して自然が優しさを見せてくれる部分も表現してしたかった」という想いを作品に込めたのだという。
劇中の「農業を始めようとしてもちっとも上手くいかない」リアルさもまた、チョン監督の実体験が反映されたからこそ、表現し得たものだろう。それと同時に、劇中では自然が恵みを与えてくれることもしっかりと描写されている。その自然の厳しさと優しさの二面を描いていることも、本作の美点だ。
そして、どれだけ理不尽かつ不条理な運命に倒れたりしても、人はまた立ち上がることができる。そして、幸せへの道は1つではないということも教えてくれる。『ミナリ』はそんな究極の人間賛歌の物語として読み取れる。自然災害や、それこそ新型コロナウイルスなど、環境によって苦しんだ経験がある人にとっては、希望そのものの物語としても映るだろう。
ハリウッド実写映画版『君の名は。』との作家性は合う?
この『ミナリ』のもう1つの注目ポイントは、リー・アイザック・チョン監督が、言わずと知れた新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』(2016)のハリウッド実写映画版を手がけることが決まっているという事実だろう。
『ミナリ』はゆったりしたテンポでじっくりと登場人物の心理を描く作品であり、ハイスピードで展開していた『君の名は。』とは全く作風が異なるのではないか、という懸念もある。だが、考えてみれば、どちらも「田舎の閉塞感を描く」内容でもあるので、確かに監督の作家性がハマるのではないか?という期待も持てるようになっていた。
いずれにせよ、実力があり、また日本映画にリスペクトのある監督が、『君の名は。』をどのように実写でリメイクしてくれるのか、という興味は尽きない。その期待をさらに膨らませるためにも、ぜひ劇場で『ミナリ』を観ていただきたい。
<文/ヒナタカ>