自分らしくあるために必要なこと。男性がミスコンに出場!?『MISS ミス・フランスになりたい!』

一人の青年が「ミス・フランス」を目指す

(C)2020 ZAZI FILMS – CHAPKA FILMS – FRANCE 2 CINEMA – MARVELOUS PRODUCTIONS

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 ある一人の青年が男性であることを隠しながら「ミス・フランス」コンテストに挑む過程を描いたルーベン・アウヴェス監督作品『MISS ミス・フランスになりたい!』が全国で公開中である。  パリの場末にあるボクシングジムの手伝いをしているアレックスの夢は「ミス・フランスになること」。ある日、アレックスはジムでプロボクサーの夢を叶え自信に溢れていた幼馴染のエリアスに遭遇する。そして、両親を事故で亡くして以来、自信を失っていたアレックスはエリアスに触発され「ミス・フランス」へ挑戦することを決意。  母のような存在のヨランダ、ドラッグ・クイーンのローラをはじめ、アレックスの下宿先の個性的な面々はアレックスの挑戦を応援。ドラッグ・クイーンたちのボスである”女王陛下”からは「24時間、寝る時もコルセットを着けて。つけまつげと、谷間メイク。水着用に膨らみを隠す技も学んで」など女性になるために厳しいアドバイスがあった。エリアスからもスポーツのメンタルトレーニングを学び、美しさを増していくアレックス。男性であることを隠したまま地区大会で優勝したアレックスはついに決勝へ進出するが……。  監督・原案・共同脚本は、これが長編2作目となるフランス・パリ出身の31歳、ルーベン・アウヴェス。主演はパリでジェンダーレスモデルとして活躍後、TVドラマを中心に俳優としての活躍も目覚ましい25歳のアレクサンドル・ヴェテール。これが長編デビュー作となる。2つの若き才能によって社会のあり方、人間のあり方を鋭く問うた意欲的な作品が登場した。  男「らしさ」女「らしさ」とは何か、夢を追って自分に向き合うことの厳しさ、友情や思いやり、そして「自分の価値を決めるのは誰か」といった普遍的な事柄が映画のテーマになっている。後世にまで多くの人々に見られるであろう秀作である。

世間が期待する「女らしさ」

 物語の冒頭、「ミス・フランス」になりたいというアレックスに、ドラッグ・クイーンたちのボスであり、女性になるためのコンサルをしている女王陛下は次のように言い放つ。 「女はセクシーでかつピュアでなきゃ。面白くて話題の的で反抗的で従順。優しく笑って静かに涙を流して――。収入以上のオシャレをしてみせる。失敗すれば‶尻軽″のレッテルが。成功すればやはり‶尻軽″のレッテル」  冒頭から女性に対して多くの注文をする社会を痛烈に批判したコメントが並ぶが、アレックスは次の言葉で奮い立つ。 「真の女にはどうあがいてもなれない。でも、真の女らしさを(身に付けることができる)」
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 ところで、「女らしさ」という言葉を聞いて思い浮かべるのは何であろうか。「女らしさ」と言うと、自分が日本に生まれ育ったせいか、どうしても男性優位の発想が前提の「媚」のニュアンスを思い浮かべてしまうが、この映画にそうした要素は感じられない。  ミスコンに優勝し、夢を叶えようとするアレックスは、プロボクサーのエリアスから「試合前に試合は決まる」と勝つためのメンタルトレーニングをジムの上で受ける。ドラッグ・クイーンのローラからは「車をカメラ、男をカメラマンだと思って目で魅了しなさい」と言われ、路上で実行する。その姿はまるでストイックなスポーツ選手のようだ。  最近はルッキズムや男性社会による性差別への批判もあり廃れつつあるが、ミスコンは未だ存在する。そして、「ミスコン」と聞くと、「ミス日本」ではなく、大学のミスキャンパスを重い浮かべてしまう。また、似たようなシステムのイベントではアイドルグループの人気投票などが脳裏をよぎる。  その舞台裏をテレビのドキュメンタリーが追い、「夢を叶えようとする」彼女たちの健気さがクローズアップされた時代もあったが、背後にはドス黒いものが見え隠れした。彼女たちを操るプロデューサーや資本の存在、過剰に幼稚性を煽る演出、漏れ伝わるセクハラなど。学生ミスコンであってもそこには似たような構造があり、主催者団体側とのセクハラ騒動が起きたこともあった。  その裏側にあるものはやはり「男性優位」の発想があるからだろう。男性から選ばれるために何でもする。その健気さに選ぶ側の男性は心をくすぐられる。一方で、出場する女性たちにとっては、そのコンテストで勝てば、女性アナウンサーやトップアイドルへの道が開ける。「何でもする健気さ」のアピールは将来の地位や名誉とトレードオフだったのかもしれない。  ところが、この映画にはそうした陰湿な部分は登場しない。それは「自分をアピールする」ことが、フランス社会では肯定的に捉えられている一方、日本では時には「でしゃばり」と捉えられ、時には「媚び」を含むシーンがあるからかもしれない。そして、その背後にはやはり無意識的に刷り込まれた男性社会の存在があるのではないか。
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 「ミス・フランス」候補者の女性たちが自分やメッセージをアピールする相手は「社会」であるが、学生ミスコンやアイドル投票が自分をアピールする相手は一段スケールダウンした「男性社会」。「社会」に向かって自分をアピールしようと思えば「でしゃばらないように媚びる」という発想は登場しないが、「男性社会」に向かって自分をアピールしようとする時には、どこか控えめさ、健気さのある方が受けることは間違いがない。  ミスコンは昨今、ルッキズムの象徴として批判の対象になりがちだが、「アピールする相手は誰か」を考えると従来とは異なる議論になる可能性がある。即座に「選ぶのは男性」という発想をする時点で、自分自身も社会の捉え方が偏った人間になってしまっているのかもしれないと感じた。  また、この映画は実在の「ミス・フランス実行委員会」と提携しているが、選考過程の中でミスの候補者がゴミ拾いをするシーンなどもある。本来の「ミス・コンテスト」の意義は女性の美を通して公益性のあるメッセージを届けることにもあったのだと今さらながら再認識した。
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日本の女性として「勝つ」とは
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