相手が正当な根拠を持って憤っているときに「反発」という表現が用いられた例として、2018年の財務省セクハラ問題を報じた記事がある。
この問題に対する麻生太郎財務大臣と財務省の対応は不適切であり、野党は強くその動きに抗議した。当時の新聞はその動きを「反発」と表現した。それらの記事を今、読んでも、「反発」という表現が野党を不当に貶めているとは感じない。
“立憲など野党6党は、福田氏のセクハラ疑惑を週刊新潮が報じた12日以降、国会内で合同ヒアリングを3回開き、財務省に事実関係の説明を求めてきた。
財務省がセクハラの事実を認めず、記者クラブ加盟各社に対して女性記者の調査協力を求めた16日には、「
(財務省の対応は)被害者保護の原則に反する」と反発。福田氏に対する辞任要求とともに、セクハラ問題に対する財務省の認識不足についても追及を強めた。“
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麻生氏辞任要求で一致 野党、任命責任を追及 福田財務次官辞任(朝日新聞、2018年4月19日)
“「(福田氏が)はめられて訴えられているんじゃないかとか、ご意見はいっぱいある」。麻生氏は24日の会見でこう述べた。
この発言に、野党は24日午前の財務省への合同ヒアリングで、
「二次被害だ」などと一斉に反発。麻生氏が発言を撤回し謝罪することを求めた。”
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(時時刻刻)財務省、混迷底なし 「大蔵汚職以上」消費増税に影(朝日新聞、2018年4月25日)
これらの記事では、なぜ野党が「反発」するのか、その根拠があわせて紹介されている。「はめられた可能性」を言いつのった麻生大臣の言動もひどかったし、匿名の記者に名乗り出るように求める財務省の対応もひどかった。そのひどさが広く認知されている状況の中では、たとえ一つ一つの記事に「反発」する根拠となる論理が示されていなくても、「反発」する野党の行動の正当性は伝わっただろう。
しかし、より認知度が低い問題や、より身近に感じにくい問題に関して、野党が、あるいはある人物が、「反発」した、という報道だけに接した場合、その「反発」がどういう理由によるものか、読者にはわからないだろう。伝わるのは、ただ野党が、あるいはその人物が、強く憤って、あるいは怒って、反対しているということ、あるいは受け入れられないという気持ちでいることだけだ。
だからこそ報道には、なぜ野党が、あるいはその人物が、「反発」しているのかを伝える努力をしてほしい。そしてその際に、考えていただきたいことがある。
野党を貶める印象操作がこの間、繰り返し執拗におこなわれてきたという問題だ。
ツイッター上には「野党は反対ばかり」「野党はモリカケばかり」「いつまで桜ばかりやってんだ」「野党はだらしない」のような投稿があふれている。現在の通常国会でも、野党はコロナ対応もそっちのけで、政権の不祥事を執拗に追及することばかりにやっきになっているかのように非難されている。国会の質疑も、野党の指摘は単に「ギャーギャー」としか表現されないことがある。
そのように野党の質疑の意味を貶める動きは、SNS上に限らない。安倍首相自身が、そのような印象操作に国会答弁の場でもいそしんでいた。「
悪夢のような民主党政権」という言い方を繰り返したのもそうだ。それだけでなく、相手の指摘が、まったく不当に自分たちを誹謗中傷するものや無意味なものであるかのような物言いを、安倍前首相は続けてきた。
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首相ヤジ問題、予算委流会 「意味のない質問」17日に釈明(朝日新聞2020年2月14日)
上記の記事には、安倍前首相のヤジとして、「
早く質問しろよ」(2015年5月)、「
くだらない質問で終わっちゃたね/いいかげんなことばっかり言うんじゃないよ」(2017年6月)、「
意味のない質問だよ」(2020年2月)の言葉が、また、国会答弁として「
ウソと同じ/人間としてどうか」(2020年2月)という野党批判の言葉が紹介されている。
こういう安倍前首相の国会での振る舞いは、時々こうやって記事になるものの、そのたびごとに強く批判され、大きな問題になることはなかった。今回、森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の評議員会における女性蔑視・女性差別発言が海外ニュースでも大きく取り上げられ、「謝罪・撤回」会見をおこなったものの批判が収まらず、辞任に追い込まれたのとは対照的だ。
安倍前首相の国会での相手を貶める言動が大きく問題にならない中で、「野党は反対ばかり」という印象操作も、それに呼応するように、SNS上で繰り返しおこなわれてきた。それだけではない。自民党もみずから、印象操作に加担していた。2019年夏の参院選前に自民党本部が各国会議員に配布した冊子はその代表例だ。
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自民党本部が国会議員に配った冊子に物議「まるでネトウヨ」 首相を礼賛、他党やメディア徹底非難(毎日新聞デジタル、2019年6月29日)
「
フェイク情報が蝕(むしば)むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識」と名付けられたこの冊子には、よだれを垂らし、まともな判断力を失った様子の立憲民主党・枝野幸男代表や、悪事をたくらむ表情で笑う国民民主党・玉木雄一郎代表、怒り狂った犬のような表情の共産党の志位和夫委員長のイラストが描かれ、他方で安倍晋三首相については進むべき道を指し示す立派な政治家のようなイラストで描かれている。野党各党の党首を貶める意図が明白だ。
また、NHKは2019年3月1日に根本匠厚生労働大臣の不信任決議案の趣旨弁明演説をおこなった小川淳也議員(当時、立憲民主党・無所属フォーラム)の様子を、いたずらに水を飲み、へらへらと笑って時間を食いつぶす無礼な議員のように描き、他方で反対討論に立った自民党の丹羽秀樹議員については「
このたび野党諸君が提出した決議案は、まったくもって理不尽な、反対のための反対。ただの審議引き延ばしのパフォーマンスであります」との発言を紹介して、野党が出した不信任決議案も小川淳也議員の演説も全く無駄なものであったと視聴者に受けとめさせるような編集を施していた(下記の記事を参照)。
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上西充子「小川淳也議員による根本大臣不信任決議案趣旨弁明を悪意ある切り取り編集で貶めたNHK」(ハーバー・ビジネス・オンライン、2019年3月6日)
つまり、野党はこの間、不当にアウェイな場で闘わなければならない状況に置かれてきたのだ。「くだらない質問」だと国会で野次を飛ばされる。根拠のない誹謗中傷をおこなったかのように答弁で非難される。質疑は閣僚席や与党議員らからの嘲笑的な笑いにさらされる。さらに質疑後には、意図的な切り貼り編集で野党を貶める映像が、SNS上に流される。NHKまでもが、悪意ある切り張り編集を施したニュース映像を流す。まだある。そのような「嘲笑する政治」を問題にした記事において、朝日新聞の政治部長までもが、「
笑われる野党にも責任がある」と論じたこともあった(下記の記事を参照)。
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上西充子「嘲笑される側に責任はあるのか――朝日新聞は筋を通した報道を」(ハーバー・ビジネス・オンライン、2019年7月9日)
そういう状況の中で、見出しに「野党は反発」と書くことが、政治報道に触れ始めた読者にどのような形で受け取られるかを、記者の方々には考えていただきたいのだ。