反対する論理に目を向けることを妨げる「反発」という表現

私自身も使っていた「反発」

 ここでもう一つ、迂回を挟みたい。私自身がかつて、みずからの記事の中で「反発」という表現を使っていたことも、別の方から指摘された。2017年10月の下記の記事だ。 ●上西充子「野党質疑の短縮要請は、与党の自信のなさの表れであり、法案審議の意義を損なうもの」(Y!ニュース、2017年10月29日)  政府・自民党が衆議院における与野党の質問時間の配分の見直しをおこなって野党の質疑時間を削ろうとしていた問題を取り上げた記事だ。私はそこで下記のように、2度、「反発」という言葉を使っている。 “この動きに対し、野党各党からは当然のことながら、強い反発が示されている。” “逢坂誠二議員も下記の通り安倍総理の指示を強く批判している。” “たとえば安全保障関連法案や共謀罪法案をめぐる国会審議においては、野党が核心を突く質疑を行ったのに対し、政府側がまともな答弁を行うことができず、法案におおいに問題があることが明らかになった。にもかかわらず懸念点が払拭されないまま強行採決を行ったことは、国会前の抗議行動としてあらわれたように、世論の強い反発を招いた。”  野党の動きについて、最初に「強い反発」と表現し、次は「強く批判」と表現している。世論についても「強い反発」と表現している。「反論より反発の方が、反対度が高い」、また、「反発」と「反論、抗議、異議、反対意見」などに、ニュアンスの違いはほぼない、という伊丹記者の抱く「イメージ」からはずれない形で、私自身が「反発」という言葉を使っていた。当然、その際に、野党の「反発」や世論の「反発」が感情的で根拠の薄いものだとは、その時の自分は考えていない。正当で当然なものだ、と考えていた。  ではなぜ、今、私は「野党は反発」という表現に違和感を抱くのだろうか。振り返って考えてみた。私は前回の記事で、記者には無意識の政権寄りのバイアスがあるのではないかと書いたが、逆に、私の側に野党寄りのバイアスがあるから、「野党は反発」という表現が嫌なのかもしれないと思った。ただし、そこで話を終わらせたくない。もう少し、耳を傾けていただきたい。

反対する論理を見えにくくする「反発」という表現

 今なら私は、「野党各党からは当然のことながら、強い反発が示されている」とは書かない。「野党各党は当然のことながら、強く抗議している」と書くだろう。なぜか。  ここでちょっと考えてみていただきたい。自分を主語にして「反発」という表現を使うことを想像してみていただきたい。  「私は反対する」「私は反論する」「私は抗議する」――これらの言葉に違和感はない。では、「私は反発する」はどうだろう。「あなたの意見に、私は反対します」とは言うが、「あなたの意見に、私は反発します」とは言わない。なぜか。  自分を主語にして「反発」という言葉で作文せよ、と言われたら、どうだろう。例えばこんな作文を思いつくのではないだろうか。 「先生は『◯◯◯◯』と非難した。私は反発して、黙って教室を出た」  不当に非難された。納得がいかなかった。強い憤りを感じた。しかし、反論しても無駄だと思った。だから教室を出た。――自分にあてはめて考えるなら、「反発」という言葉は、そういう場面で用いるだろう。  もし誰かが、 “「野党は反発」という言葉に、上西は猛反発” といった記事を書くとしたら、私は嫌だ。不快感を抱く。単に「反発」しているわけではなく、なぜそのような表現に違和感を抱くかを、特に違和感を抱いていない人にわかってもらいたいと考えながら、自分なりに言葉を尽くして、記事を書いている、その行為の意味が無視されているように思うからだ。ただ感情的に怒っているかのようにみられることに、納得がいかないからだ。  そう考えていくと、「反発」という言葉は、自分の言動を表現するのではなく、他者の言動を表現する際に使われることが多い表現だと思われる。ただし、その場合に、相手を単に感情的な存在と見ているかというと、そうとも限らない。相手の正当な憤りの強さを表す際にも、「反発」という表現は用いられる。  しかし、ここで問題なのが、「反発」という言葉だけでは、相手が正当な根拠を持って憤っているのか、それとも勝手な理屈で感情的に怒っているのかは、判断がつかないという点だ。そこに「反発」という言葉の危うさがある
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正当な根拠ある憤りを無効化する言葉
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