『鬼滅の刃』から読み解く、「病気と理不尽」への立ち向い方

理不尽そのものを体現した無惨

 物語の全ての元凶である無惨は、人(鬼)を人とも思わない、ただ多くの命を奪い続け、不幸を撒き散らしていた、理不尽(な病気)そのものを体現したような存在だ。  そんな無惨は、終盤で家族を惨殺された炭治郎に向かって「しつこい」「身内が殺されたから何だと言うのか」「天変地異に復讐しようという者はいない」「異常者の相手は疲れた」などと言い放つ。そこで、(時には鬼に激昂することがあるも)慈悲のある行動をし続け、澄み切った心を持っていたはずの炭治郎でさえも、「無惨、お前は存在してはいけない生き物だ」と無表情で口にするのである。  この無惨の言い分は醜悪そのものだが、世の中にある病気も、多くの人々を長い年月に渡って死に追いやり、それ以外の者も苦しめ続けるという「結果」だけ見れば、無惨と大差はない。もちろん、現実の病気は言葉を発することもなければ、意思を持ち行動するわけでもないが、その悪意すら見られないこと、つまりは怒りのやり場もなくしてしまうということも、病気に苦しめられる人々の共通認識としてあるだろう。  この『鬼滅の刃』では、そのような理不尽そのものを体現する無惨から、悪びれもしない醜悪な言動をされて、それに対しての静かだが徹底的に沸き起こる怒りを吐き出す。いわば、最悪の病気に対しての積み重なる憤りを、炭治郎は代弁してくれているのだろう。  そして、無惨のように人々を苦しめ続け、それでいて悪びれもしない、それこそ「存在してはいけない生き物」とまで思ってしまう最悪の人間は現実にも存在していて、法律で納得できる形で裁かれないこともある。病気でなくとも、そのような人間がこの世にいる限り、無惨は決して極端なだけではない、むしろリアリティのある悪として捉えられるだろう。

憎むべきなのは「病気にかかった者」ではない

 ここまで『鬼滅の刃』における鬼=病気と書いてきたが、この解釈には少し危うさもある。と言うのも、鬼は元々は人間だったのだが、劇中では彼らはほぼほぼ殺される対象であり、「治す」という選択ができたのはほぼほぼ禰豆子と炭治郎だけだったのだから。  現実で病気にかかった者は、治療や隔離といった範疇を超えて、周りから差別され疎まれてしまうということも、人類の歴史上では多くあった。このことを踏まえても、悲しい過去を持つことも多かった鬼に対しての第一の手段が殺害ということに、違和感を覚えてしまう方も多いのではないか。  だが、劇中ではこの問題に対しても切り込んでいる。鬼になった禰豆子を殺害すべきだと主張する柱たちに対して、炭治郎は必死で禰豆子が人間を食べないことを主張し、書面でもその事実の重要性が訴えられ、認められたのだから。文字通りに鬼を殺し続けてきた鬼殺隊の価値観が絶対ではないと、明確に示されているのである。  言うまでもないが、憎むべき、根絶されるべきなのは「病気そのもの」であり、「病気にかかった者」ではない。杞憂だとは思うが、『鬼滅の刃』を読んだ方が、現実にいる病気にかかった者や、理不尽を体現したような人間を、現実に存在しない鬼に見立てて、ただ攻撃されるべき・滅ぼされるべき存在と考えてしまいすぎないことを、願いたい。
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