なぜフェミニストは長州力に惹かれたのか。男社会の「会議」と長州力

長州力

産経新聞社

「わたし、長州力がすきなんです」

 わたしは月に一度、名古屋のフリースペースで学習会を主宰しているのですが、学習会を終えた酒の席で、ある参加者からつぎのような問題が出されました。たしかその日のテーマは『都市と女性』だったと思います。女性人口が都市に集中する現象をどう考えるか、「都市の女性化」と呼ぶべき現象がどのようなポテンシャルをもっているかを考える、という回でした。  わたしのとなりにすわっていた女性が、自己紹介をすませたかと思うといきなり質問をしてきました。「わたし、プロレスラーの長州力がすきなんです。なぜなんでしょう」と。真顔でした。ふざけたプロレストークをしたいのではなくて、真剣にこたえをさがしているという感じでした。

フェミニストなのにマッチョな男が好き?

 彼女は大学に関係があって、ひとなみ以上に教養があり、職場でもプライベートな友人関係でも、教育水準の高い人びとのなかでくらしています。『都市と女性』というテーマに参加するぐらいですから、もちろんフェミニズムにもつよい関心をもっています。彼女は、男性中心主義に異議をとなえ、男性のマッチョなふるまいを告発・弾劾するポリシーをもった女性です。しかし彼女は、男性たちのマッチョイズムを毛嫌いしているのと同時に、「長州力に強烈な魅力をかんじる」のです。彼女じしんも困惑しているのです。どうして自分はマッチョイズムを非難しながら、長州力につよい魅力をかんじているのだろうか、と。  わたしは論点を明確にするために、いくつか質問をしました。「猪木はどうなんですか?」「猪木にはまったくなんの魅力もかんじません」「三沢は?」「ないです」「武藤は?」「ないです」。なるほど。「わたしはプロレスラーがすきなわけではないのです。長州力にだけ、強烈にひかれるのです」と。
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死に近い「野生の者」
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