「県だけに任せるのではなく、県民こそがJR東海と対峙しよう」
大井川は上流から下流までに32ものダム・堰堤が稼働し、その水は発電、生活用水、農工業用水に利用され、上記8市2町では、水道用水に加え、水田や茶畑など1万2000haへの農業用水、製鉄・自動車・化学産業などの工業用水、2018年末時点では999本の井戸から農業やウナギ養殖、家庭や工場への水が供給され、「一滴残らず」利用されている。
加えて、大井川の水は取水制限もたびたび出されている。たとえば2018年度には147日間もの節水期間が設定された。つまり、これ以上の水は減らせない。だが市民からの「水を守れ」の声は極めて少なかった。
その中で立ち上がったのが、リニア問題の周知に努めてきた「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」や「南アルプスとリニアを考える市民ネットワーク静岡」などリニア計画と対峙する県内の市民団体だ。
リニア新幹線を考える静岡県民ネットワークの林克(かつし)さんは、2019年から「県だけに任せるのではなく、県民こそがJR東海と対峙しよう。そのためには裁判が有力な手段だ」と考え、動き出したのだ。
その詳しい経緯は省略するが、林さんたちは大井川を水源とする島田市や掛川市などで集会を開催しては原告を募集する活動に出た。その結果、107人の原告が集まった。その内訳は以下の通り。
●地域別
静岡県内 101人(そのうち、大井川の水を水源とする8市2町の住民は67人)
静岡県外 6人
●用途別
大井川の水を利用する農業者 12人
他は生活用水(上水道)を利用する住民
「“命の水”大井川と引き換えにするような、便利な社会は要りません」と農家の訴え
裁判後の報告集会。左から原告団共同代表の大石さんと桜井さん、西ヶ谷弁護士。
1月15日。定員72席の傍聴席はコロナ禍のために43席(うち一般傍聴席は16席)に絞られ、傍聴券を求めて約100人が並んだ。筆者は幸い入廷できたが、この日の口頭弁論では、原告団の共同代表である大石和央さんと桜井和好さんが意見陳述に立った。
本稿では牧之原市の農家、大石さんの陳述を紹介したい(概要)。
「主にお茶とオリーブを栽培し、ほかの作物と合わせて1.3haを耕作管理しています。大井川右岸は牧之原台地を中心に島田市、菊川市、掛川市、御前崎市、そして牧之原市の茶園に農業用水が供給されています。その運営は5市で構成する大井川利水団体の『牧之原畑地総合整備土地改良区』です。
茶園への用水は総面積5000ha超の受益地の農薬散布や凍霜害防止などのスプリンクラーによる散水に使用され、農家9300人の営農が維持されています。大井川の水は島田市川口で取水され、導水路や送水管で各地域に配水され、末端に設置された農業用水槽に水が蓄えられ、農家はこの施設から水を利用しています。
水槽は200か所以上設置され、それぞれの水槽を管理する用水組合が作られ、私はその一つ『灰原24鉱区』の組合長です。過去このような施設整備がされていなかった時代の労苦は計り知れなく、施設完成後は水不足の改善・解消がなされてきました。
このようなことから、リニア工事に伴う大井川の毎秒2トンの水量減少はとうてい受け入れられません。同土地改良区事業の計画取水量は最大毎秒3トンです。このことを考えても影響が大きいことは明白であり、そもそも毎秒2トン減少の根拠も定かではありません」
そして大石さんは、牧之原市には「(大井川以外に)水源がほとんどない」ことを強調した。
「大井川の長島ダムを水源とする静岡県などが運営する水道用水を購入して、市は水道事業を行い各家庭や事業所に給水しています。リニア工事で水の供給が途絶えれば市民の生活は成り立たないばかりか、生死に関わる問題です。リニアにメリットを感じる人もいると思います。しかし私は、“命の水”大井川と引き換えにするような、便利な社会は要りません」