1月15日、金曜日。NHK内に激震が走った。看板番組、NHKスペシャルの収録直前のタイミングで、番組の放送延期が言い渡されたのだ。
問題の番組は、NHKスペシャルの枠で放送されている「令和未来会議」というシリーズ。毎回、さまざまなテーマについて何人もの専門家をネット会議システムで結び、リモートで討論してもらうという、いかにもデジタル化とコロナ禍の今の世の中らしい番組だ。
これまで外国人との共生、コロナ時代の仕事論などをテーマにしてきた。次は、今焦点の東京オリンピックをテーマに、有識者と視聴者を交えて数十人によるリモート討論を行う予定だった。
人選は終わり、あとは17日の収録を待つのみという状況で、いきなり2日前に延期が言い渡された。
問題は、
なぜ直前になって延期になったのか、その理由も誰の判断かも、現場に明確に知らされていないということだ。ここまで準備を進めてきた大型番組を、理由もなく直前に延期することなどあり得ないし、延期するなら誰の責任で決めたのかを明確にすべきだ。現場が突き上げると、上司からは
「こんな状態でやれないだろうと“上”が言っている」という話が聞こえてくる。
こんな状態とは
「コロナが広がる中、スタジオがスタッフたちで“密”になるからやれない」ということを言わんとしているようだ。だが、誰もそんなことを信じない。だって緊急事態宣言はずいぶん前に出ているのに、その時には番組延期の話は出なかった。
スタジオが“密”になると言うけど、討論する人は全員リモート参加だから、スタジオには少数のスタッフしかいない。同じようにスタジオで放送する「クローズアップ現代」は今でも放送している。どう考えても理由にならないのである。
NHKスペシャル「令和未来会議」のサイトより
そこで現場でささやかれているのは、「テーマ自体が問題視された」という見方だ。コロナ禍でオリンピック是か非かが政治問題となっている状況で、そこをモロに討論する番組はできない。そう言っている経営幹部がいると匂わせる報道局幹部もいる。
政権から圧力があったのではないか? 政権に忖度して上層部が先送りしたのではないか? いずれにせよはっきりした説明がないから、現場には不満がたまる。
NHK「クローズアップ現代」のサイトより。現在のキャスターは武田真一氏。
同じように政権への忖度を感じさせるできごとが、実は去年にもあった。2020年10月29日、菅首相による日本学術会議の任命拒否問題をめぐる「クローズアップ現代」だ。
会員候補の推薦の責任者だった学術会議の前会長、山極壽一(やまぎわ・じゅいち)氏の初の単独インタビューを、報道局科学・文化部の記者が撮ってきた。山極前会長は政権の判断に批判的だ。NHKは放送にあたり必ずバランスを考慮するので、政権側の政治家にも話を聞いて、双方の立場を紹介する形で映像を編集した。
ところが放送前日になって、突然「百地章(ももち・あきら)氏のインタビューを撮って入れるように」という指示が現場に下りてきた。百地氏は国士舘大学特任教授で、インタビューでは「総理大臣の任命権は、ある程度の自由裁量はある」と、政権をかばうような内容を答えている。
これはなぜ急に決まったのか?
ある報道幹部は「山極さんのインタビューがあまりにも撮れすぎているから」と語ったという。つまり、山極前会長があまりにもわかりやすく政権批判をしているから、それを薄めるために百地氏のインタビューが必要だという理屈だ。
だが、この番組の取材制作には報道局の政治部、社会部、科学・文化部の3つの部が参加していて、社会部と科学・文化部の部長はいずれも
「百地さんがなくてもバランスは取れているから問題ない」という見方を示したという。
それだけに現場は、直前の納得いかない介入に強く反発したが、
「報道局長の責任で決めた」との説明で押し切られた。同じ日に放送されたニュース番組「ニュースウォッチ9」でも、山極前会長と百地氏のインタビューが横並びで紹介された。
放送後、現場の職員たちは報道局長と話し合いの場を持った。今の報道局長は根本拓也氏。経済部出身で、私の同期の記者だ。彼は
「誰の指示かわからないのでは納得できないよね。だから自分(報道局長)の責任ということにしました」と述べたという。
つまり、現場の不満にある程度理解を示しながら、結局、本当は誰の指示だったのか明らかにしなかったということだ。
だが、局長より上の判断と言ったら理事(役員)しかない。理事の中でもかなり上からの指示だろうという見方が現場に広がっている。