何が本当の問題なのか? 『宮本から君へ』助成金不交付決定取消訴訟について聞く

バッシングに忖度した不交付決定

――芸文振は『宮本から君へ』に対して助成金の交付決定をすると、「薬物乱用を軽視している」と国民からのバッシングを浴びたり、関係者の信用が毀損するおそれがあると考えて不交付決定をしたようにも思えます。 四宮:ピエール瀧さんのCMは打ち切られましたし、大河ドラマなどの作品の出演シーンは差し替えがありました。これで文化庁の独立行政法人である芸文振がお金を出したとなると批判されると思って不交付にしたのかもしれません。  しかし、一部の国民からの批判が起きそうであれば不交付にし、そうでなければ交付する。そんな不安定な判断基準で行政処分が行われるのであれば、憲法の平等原則にも違反します。「公益性」を理由に不交付決定をするにしても、文化庁の考える「公益性」を明らかにした上で、不交付の決定をするのがあるべき行政処分の姿ではないでしょうか。 ――国民からのバッシングを忖度した不交付決定と捉えましたが、なぜこのような現象が起きてしまうのでしょうか。 四宮:昨今のコンプライアンスという言葉の誤解のされ方も関係あるのではないかと思います。例えば、コンプライアンス=SNSで叩かれないことなのかと。本来コンプライアンスとは「法令遵守」という意味で、取引の安全を守るために法律に基づいてきちんと契約をしたり、労働者の生命身体の安全を守るために労働条件を整えたりすることです。しかし、それが今はSNSなどで「叩かれないこと」になっている風潮を感じます。  その風潮に行政が引き摺られているような印象があります。しかも、SNSでバッシングをしている人たちはごくわずかの人たちです。そのわずかな人たちに「叩かれないようにするため」に行政が態度を変えるのはそれこそ公益性を害することになってしまう。行政処分をする際にバッシングを受ける可能性があるということを意識している時点で危ないと思います。特に今回問題になっている芸術文化振興会は独立行政法人です。バッシングや炎上に忖度して「文化芸術」性の判断が正確に行えないようでは、その存在意義を失うことになり兼ねません。  すべての人たちに受け入れられることが「文化芸術の価値」ではない。すべての人たちに受け入れなくとも芸術性の高いものはあり、まただからこそ世の中に出して新しい気付きを与えていくことが芸術の価値です。そしてその判断をするためにキュレーターなどの専門家がいて、その価値を守るために行政はある。行政側にはそのことを忘れないで欲しいと思います。

「公益性」の立証にアンケートを用いた被告

――今回、芸文振側は「助成金交付決定が公益性の観点から適当ではないこと」の立証として「コカインや覚せい剤などの違法薬物で有罪判決を受けた俳優が出演する作品に国の税金から助成金が交付されることが適切か?」また、「交付があった場合に国は違法薬物使用を大目に見ているというように感じるか?」などのアンケートを行っています。母集団は300から500と多くはなく、またアンケートの実施は唐突でその内容も誘導尋問的な印象ですが、このようなアンケートで「公益性」の立証をした過去の事例はあるのでしょうか。 四宮:不正競争防止法における商品等表示の「周知性」や「著名性」が裁判で争点となった場合に、それがあるということを立証するためにアンケートを利用することはあります。しかし、「公益性」の立証をアンケートでやった事例は自分が調べた限りではありませんでした。なぜ相手方がこのアンケートを実施したのかはわかりません。  ただ、一番問題なのは、自分たちが考慮すべき「公益性」をはき違えているということです。「文化芸術の振興や向上」よりも「国民からのバッシング」を忖度して公益性を評価したということですよね。それを芸文振がしていいものなのか。そこは映画関係者にとってもショックだったのではないかと思います。 ――「助成金の交付は政府が薬物事犯の寛容だと受け取られかねない」という危惧を芸文振は抱いているようですが、そういう認識をしてしまうほど日本国民は短絡的なのでしょうか。この点についてはもっと抗議すべきかとも思いますが、それについてはどのようにお考えでしょうか。 四宮:さすがに『宮本から君へ』に助成金を交付したからといって、薬物事犯に寛容すぎると捉える人は少ないと思いますが、全くいないとも限りません。アンケートには、違法薬物を使用した俳優が出演しているか否かにかかわらず、そもそも「映画製作に助成金を使わないで欲しい」と書かれたものも見掛けました。映画よりも生活必需品に使って欲しいということだと思います。間違った考え方だとは思いませんし、こういった多様な意見があることも民主主義においては重要です。ただ、そういう発想をする人たちがいるという前提に立てば、今回の作品に助成金は出さないという判断に傾きやすくなりますよね。残念ながら文化的な表現の価値を重んじるという感覚が他国に比べると日本人は薄い、という事実はあると思います。
次のページ 
このままでは日本映画の衰退をも招きかねない
1
2
3
バナー 日本を壊した安倍政権
新着記事

ハーバービジネスオンライン編集部からのお知らせ

政治・経済

コロナ禍でむしろ沁みる「全員悪人」の祭典。映画『ジェントルメン』の魅力

カルチャー・スポーツ

頻発する「検索汚染」とキーワードによる検索の限界

社会

ロンドン再封鎖16週目。最終回・英国社会は「新たな段階」に。<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

国際

仮想通貨は“仮想”な存在なのか? 拡大する現実世界への影響

政治・経済

漫画『進撃の巨人』で政治のエッセンスを。 良質なエンターテイメントは「政治離れ」の処方箋

カルチャー・スポーツ

上司の「応援」なんて部下には響かない!? 今すぐ職場に導入するべきモチベーションアップの方法

社会

64bitへのWindowsの流れ。そして、32bit版Windowsの終焉

社会

再び訪れる「就職氷河期」。縁故優遇政権を終わらせるのは今

政治・経済

微表情研究の世界的権威に聞いた、AI表情分析技術の展望

社会

PDFの生みの親、チャールズ・ゲシキ氏死去。その技術と歴史を振り返る

社会

新年度で登場した「どうしてもソリが合わない同僚」と付き合う方法

社会

マンガでわかる「ウイルスの変異」ってなに?

社会

アンソニー・ホプキンスのオスカー受賞は「番狂わせ」なんかじゃない! 映画『ファーザー』のここが凄い

カルチャー・スポーツ

ネットで話題の「陰謀論チャート」を徹底解説&日本語訳してみた

社会

ロンドン再封鎖15週目。肥満やペットに現れ出したニューノーマル社会の歪み<入江敦彦の『足止め喰らい日記』嫌々乍らReturns>

社会

「ケーキの出前」に「高級ブランドのサブスク」も――コロナ禍のなか「進化」する百貨店

政治・経済

「高度外国人材」という言葉に潜む欺瞞と、日本が搾取し依存する圧倒的多数の外国人労働者の実像とは?

社会