空き巣に入った家で虐待される少女と出会った男は…児童虐待をリアルに描く『ひとくず』

親の代から続く負の連鎖

 また、児童虐待は、親自身も自分の親から愛されたことがなくどのようにして子どもに接して良いか分からないことから発生するケースも多いという。凜もまた、背中に虐待の傷跡を持っていたのだった。  児童虐待の負のループを描いた作品に『つみびと』(山田詠美著 中央公論新社)という小説がある。この作品の主人公も二児の子どもを遺棄して死なせてしまうが、やはり母親からネグレクトに遭っていた。そして主人公の母親もその母親の恋人から性的虐待を受けていたのだ。連綿と続く負のループの中で、止むに止まれぬ何かに背中を押されて手を下してしまった者だけが殺人者の烙印を押されてしまう現実を描く。誰が本当の「殺人者」で「くず」なのか。小説もこの映画もアンチテーゼを投げかける。
©YUDAI UENISHI

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 本作では、虐待を受けていた鞠に昔の自分を重ね合わせた金田が虐待をしていた加藤に対して手を下してしまう。劇中では窃盗の常習犯であり傍若無人な金田の気質が鞠を真っ直ぐに救っている。しかし、裏を返せば金田が常識人であったなら、ここまで捨て身で母子に接することはできなかったであろう。上西監督は「刑務所と一般社会を行ったり来たりするような破綻した人間であれば自分の感情のままに鞠を救うのではないか」と考え金田の人物像を構築したという。その企みは見事に成功していると言えよう。

児童虐待に映る日本のジェンダーギャップ

 もう一つこの映画が映し出す重要な事柄は、常に母親だけが子どもの保護者としての責任を押し付けられ、父親は咎められないということである。そして父親の不始末すらも母親に押し付けられているという酷い現実だ。  金田の母親の佳代(徳竹未夏)は恋人に頼って生きていたが、借金の首が回らなくなり、親子が住んでいたアパートと借金の担保に母親を九州の”売春宿”に売ってしまう。一方、鞠の母親の凛の元にも、恋人の加藤がいなくなったことから、加藤に仕事を依頼していたヤクザと思しき寺田(木下ほうか)たちが現れる。加藤が稼ぐはずだった300万円を支払えと怒鳴り、凛の太ももにステッキを突き立てる寺田。そして、鞠の見ている前で性行為に応じろと迫る。
©YUDAI UENISHI

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 そこへ金田と警察が現われ、すんでのところで母子の危機が去るが、父親は簡単に子どもを棄てることができても、母親は子どもから逃れられないという現実が映し出される。寺田と警察が去った後「お前それでも母親なのか、男にやらせるしか能がないバカ女だな」「鞠が辛いのはお前みたいなバカ女のせいだ。お前はそれでも母親か」と怒鳴る金田。しかし、父親が子どもを残して失踪しても、ここまで叱責されることはないだろう。それどころか、一旦、父親が母子の前を去ってしまえば表向きには子どもがいたことすら分からないのが日本の社会なのである。  金田の叱責に対して「私は最低な母親だよ」と言い、「施設にでも行けばいい。あんたがいるとやりたいこともできない」と涙を浮かべながら鞠へ怒鳴る。そして「どうすることもできない。男の傍でないと生きていけない」「私も酷い親に育てられた。どうやって子どもに愛情を注いだらいいのかわからない」と慟哭する。このシーンはこうした言葉を履かざるを得ない母親を作り出した社会への抗議と捉えるべきであろう。生活費を自分で稼ぐことができない上に、子どもに対する接し方もわからない。虐待する母親もまた、弱者なのだ。そして、その弱者を作り出したのは何なのか、考える必要があろう。  映画に登場する女性たちは皆、男性たちに従順である。「男がいないと生きていけない」という凜、情事の後「キーさん」と客の金田に店のツケを取り立てるホステスの智子、そして金田の回想シーンで、恋人にミンクのコートを買って喜んでもらう金田の母親の佳代。もちろん、コートのお返しのプレゼントはセックスだ。
©YUDAI UENISHI

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 劇中での彼女たちは一様に「だらしのない女」と映ってしまうかもしれない。しかし、これが貧困層の物語ではなく、一般社会の物語だったらどうだろうか。「あなたがいないと生きていけない」という妻や恋人、お小遣いを与えれば体を提供してくれる愛人、そして男からのプレゼントの対価を体で払う若い女性たち。順番に並べると、かつて理想の女性像とされてきた従順なVERY妻、古くは援助交際、今で言うところのパパ活に励む女性、そして港区女子。正直言ってよくある話、というかどれもが日本女性の「生きる術」として推奨されてきた男性に尽くす生き方なのだ。  映画の中に描かれる世界と一般社会は地続きである。親の世代の教育格差が受け継がれることが貧困、そしてそれに連なる児童虐待の原因であると言われているが、一方で母子家庭における児童虐待はかつて一般社会に存在した「従順な女性」を良しとする風潮の残骸であると言えないだろうか。  庇護を前提とする生き方はスポンサー男性の懐が潤沢であるうちは良いのかもしれない。しかし、一度歯車が狂えば悲劇を起こす。劇中に登場する女性たちが、どんなに男性に嫌われようとも「男性に頼る」「女性は男性の下」という発想のない環境で育っていたのなら、悲劇が繰り返されることはなかったかもしれない。児童虐待は「健全な一般社会」の古典的な風潮が無意識的に生んでいたこともこの作品から学ぶべきであろう。
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