日本の選挙は有権者登録をする必要がなく。選挙が近くなると役所から投票用紙が自動的に送られてくる。従ってこうした投票権をめぐる問題は対岸の火事だと考えてしまう人も多いかもしれない。
しかし、日本にも投票から排除されている人々がある。この土地でともに暮らす市民でありながら、選挙権を与えられていない永住者あるいは特別永住者の人々だ。日本の旧植民地出身者については敗戦直後、一方的に参政権を含む市民権が剥奪されたという経緯がある。日本国憲法上の問題もあるが、参政権から排除され続けている人々は日本に確実に存在し、そうした人々が選挙に参加できるようになるかは政治に委ねられている。
選挙は議会制民主主義の根幹とされるが、一方でそれは常に民主主義を形骸化させる可能性を孕んでいる。ルソーはイギリスの議会制を評して、イギリス人民は選挙のときだけ自由なのであり選挙が終わると奴隷になるのだと述べた。権力者は形骸化された選挙を自分自身の正統性の根拠として利用し、また政治的無関心層がアリバイとして用いることで市民の政治離れも進んでいく。現代日本では、選挙こそが唯一の意思表示手段なのだとして、デモや請願といった直接行動の価値を否定する人が多い。
ただし、選挙というシステムが、最先端の民主主義思想と結びつく瞬間もある。投票権の獲得のための運動もその一つだ。「本家」のイギリスでも、19世紀のチャーチスト運動や女性参政権獲得のためのサフラジェットは、ラディカルな運動を通して、民主主義それ自体の発展に寄与するところとなった。