「関生事件」が揺るがす労働基本権<労働裁判が働き手を素通りするとき>
この事件は、実は単発のものではない。2018年夏以来、大阪、京都、滋賀、和歌山の二府二県の警察が、同労組のストライキや団体交渉を「威力業務妨害」「強要未遂」などとして刑事事件として扱い、同労組員ら延べ89人が逮捕、うち約70人が起訴されるという動きがあったからだ。今回の京都地裁判決は、そうした事件の一つに対するものだ。
これに先立つ2020年10月には、同労組が2017年12月に行ったストライキを「威力業務妨害」とし、大阪府警が労組員らを逮捕した事件の大阪地裁判決が出た。この事件では、スト現場にいた労組員らを被告とする裁判が別に進行中だが、10月の判決が特異なのは、ストの現場にいなかった労組役員と元役員の2人が被告とされた点だ。2人は、押収された通話履歴などから、事務所から現場の労組員に「電話したこと」(通話内容ではない)が「ストの指示」とされ、威力業務妨害罪と判断された。このストライキでは、傷害や暴行などの「手を出した」ことによる逮捕はない。当時、現場に警察官が多数配置されていたが、その場での逮捕もなく、約9ヶ月たった2018年9月、突然16人が逮捕されている。
今回の判決では、セメントの出荷基地に出入りする輸送車の運転手にストへの参加を呼びかけてビラを手渡そうとしたなどの行為が、車の前に「立ちはだかって輸送を妨害」し、会社に損害を与えたとされた。スト参加者によると、会社側の従業員らが多数、輸送車と労組員らとの間に立ちはだかり、労組員らはこれに抗議して声を上げたという。この点が「大声を上げるなどの穏当とは言い難い言動」「心理的な意味においても、ミキサー車の入出場を強烈に妨げたと認められる」とされ、「威力を用いて業務を妨害する行為」の根拠となった。
判決文の「穏当とは言い難い」「強烈に」といった主観的ともいえる表現が、手を出していない「事実」を覆い隠す効果を生んでいる。
だが、冒頭でも述べたように、団体交渉やストは憲法で保障され、労働組合法1条でも、労働者の地位向上や労働条件向上などの目的を達成するための正当な行為については罰しないとされていたはずだ。
これについては、出入りしていた輸送車が所属する会社に関生支部の労組員がいなかったことから、「関生支部との関係で争議行為の対象となる使用者とはいえない」と却下された。
ここでは、関生支部が、企業別労組ではなく、産業内の労働者を特定企業の垣根を超えて組織する産業別労組であることが忘れられている。
日本企業では戦後、こうした産別労組が排除され、企業別労組中心の社会が作られてきた。だが、国際的には産別労組はむしろ主流だ。どの企業に所属するかに関わりなく産業内で働く労働者を組織する労組は、短期契約で簡単に失職しがちな非正社員も加入しやすい。前回、「同一労働同一賃金は当事者の交渉で」という提案の実現には産別労組の方が向いている、と述べたのはこのためだ。
関生支部がこの方式をとったのは、この業界では、原料を供給する大手セメント会社や、販売先のゼネコンの緩衝材として中小零細の生コン会社や輸送会社が乱立させられてきたからだ。そこでは大手の求める価格に対応して人件費を削減できるよう、日々雇用などの非正規労働者が多数を占める。京都の事件にもあるように、労組ができたりすると、廃業して別の会社を立ち上げることも日常的だ。会社を超えて移動せざるを得ない働き手の労働条件の引き上げは、産別労組なしでは難しい。
これらの活動の結果、非正規がほとんどの関東に比べ、関生支部のある関西では無期契約の正規が3割を確保している。この比率を5割に引き上げるため、業界の利益を人件費に回す約束もできていた。2017年のストは、その約束が果たされなかったことに対するものだった。「労働条件の引き上げが目的」として、労組法の適用があってもおかしくない例だ。これも、判決では考慮されなかった。
関生幹部が逮捕された後、生コンの運転手の賃金の日額は2万5000円から1万7000円程度に下がった。週休2日制がなくなり、残業代未払いも多発している。
12月17日の京都地裁判決後の記者会見で、被告側意見書を書いた吉田美喜夫・立命館大名誉教授は、こう呼びかけた。
「いま全国にコロナで職を失う人々が多数生まれている。みなバラバラの状態で苦労している。労組を作り、個別の企業を超えてまとまることで生活を守る国際的には当たり前の労組活動が減ったことが大きい。それが刑事罰の対象になることを許すような今回の判決が何を意味するか、みな、自分のこととして考えてほしい」
<取材・文/竹信三恵子>
<撮影/土屋トカチ>
たけのぶみえこ●ジャーナリスト・和光大学名誉教授。東京生まれ。1976年、朝日新聞社に入社。水戸支局、東京本社経済部、シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員(労働担当)、和光大学現代人間学部教授などを経て2019年4月から現職。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書 日本労働ペンクラブ賞)、「女性を活用する国、しない国」(岩波ブックレット)、「ミボージン日記」(岩波書店)、「ルポ賃金差別」(ちくま新書)、「しあわせに働ける社会へ」(岩波ジュニア新書)、「家事労働ハラスメント~生きづらさの根にあるもの」(岩波新書)、「正社員消滅」(朝日新書)、「企業ファースト化する日本~虚妄の働き方改革を問う」(岩波書店)など。2009年貧困ジャーナリズム大賞受賞。