人々を“子供化”する権力の問題<デビッド・グレーバー追悼対談:酒井隆史×矢部史郎>

日本では左派の読者層が薄い

酒井 グレーバーの読者には3つのタイプがあって、ひとつは人類学・社会科学の専門家。もうひとつは一般の読者。かれの書くことには一般の読者を捉えるだけの訴求力があって、世界中に読者がいる。で、3つ目が左派の知識人ないし活動家日本の独特の無反応とそれに比した『ブルシット・ジョブ』の予想外の反応は、この3つ目が薄いことに原因のひとつがあるとはおもっている。  僕らの最初の動機としては、知的に関心のあるひとたちが、単に知の領域だけで訳すんじゃなくて、世界の運動との共鳴と連帯のなかでグレーバーを訳したり読んだり、というのがあったわけなんだけど、日本でそういうものがほとんどなくなったのがちょうど2010年代。そういう傾向はすでにあったけど、資本主義も国家も、さらには「王」も問題にしない自明の前提と化した。そもそもグレーバーが「現代資本主義の従者」として一蹴してた「ポストモダン」だけど、それが世界でも最も保守的な展開をみせたのが日本の言説世界で、しかも世界的にはその局面が終わっていくなかで、まだしつこく継続していった。  内閉化と保守化とは、こういう世界のひとたちと課題を共有し、ともに同じものと闘い、お互いに学び合うという態度、一言でいうと「国際主義」的な態度の衰弱とむすびついている。すぐに海外のものを理想にして日本を批判するわりに、海外のひとたちがなにを考えて、どう行動しているかには関心がとぼしい。 矢部 かれが来たことで日本になんかの波及効果を及ぼすこともなかった、と。 酒井 いっぽうで2010年代というのはグレーバーが(シリア北東部のクルド人たちによる自治空間である)ロジャヴァやギリシャといった世界中の現場に行って声を上げ、濃密な、エポックメーキングな研究をどんどんと世に出して、独特の位置を占める知識人になっていった時期。 『負債論』もそうだし、『ブルシット・ジョブ』もそう。後者なんか、あんな発想がまったくなかったわけじゃなくて、(社会思想家の)アンドレ・ゴルツとかが似たようなことをいっていて、最初に読んだとき、「あ、ゴルツだ」とおもったもの。でも、それを突き詰めて現代世界の認識の中核にまで持って行き、かつ将来への展望にまでつなげていく、というのは誰もできなかった。 矢部 しかもその議論をポピュラーなかたちにすることができるという。

ジャイアンリサイタルから考える「権力と無知」「権力と暴力」

酒井 グレーバーの理論のひとつの鍵として「解釈労働」があるんだけど、「解釈労働」というのは、ミシェル・フーコーと対照的な権力の考え方なんだよね。つまり、ヒエラルキーにはつねに、下位におかれた存在が上位におかれた存在の頭のなかを「解釈」する負担を強いられるという不均衡があるということ。日本語でいう「忖度」と考えるとわかりやすい。  フーコーは「権力と知」という立て方をするわけだけど、グレーバーはいつも権力と「無知」が関連しているという。そして、フーコーは権力と暴力を遠ざけて考えるけど、グレーバーは権力と暴力をいつも一体のものとして考える。なぜかというと、暴力というのは、いつだって知なしにひとを支配する力能を有していて、だからこそ重要なんだ、と。男性は女性のことを知らないけれど、女性は男性のことを知っている、とか、子供は大人の顔色を伺うけど、大人は子供の顔色を伺わない、とか。それはなぜかというと、男性や大人は暴力を持っているから。 矢部 いっぽうに無知と暴力があって、もういっぽうに暴力を持たない知がある。そういう構図で考える、と。 酒井 そういう発想がほんとうに好きで、これをよく『ドラえもん』のジャイアンリサイタルに例えるんだけど、ジャイアンはリサイタルをするときに、のび太たちの顔色を伺うようなことはしないでしょ。「のび太たちは喜んでいる」とおもっているわけ。 矢部 ジャイアンはなにも知らないで歌っている、と。
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