A氏の後任に前田会長は角さんを送り出したわけだ。しかし、いくら大阪経験があると言っても、防災の専門家でもない角さんをあえて1年ちょっとで大阪に戻す必然性はさほどないように思う。
この“ブーメラン人事”の本当の意味合いはもちろん公にはされないが、「
別にある」という説がNHKの一部でささやかれている。それは
「会長の人事改革構想に従わなかったから飛ばされた」というのだ。
その構想を説明する前に、前田氏が2020年1月の会長就任早々に起きたできごとをご紹介しよう。事情通によると、前田新会長はNHKの各部門の責任者に
「各部署の課題を列挙して提出せよ」と求めたという。
責任者たちは自分の部署が抱える課題を的確にまとめて提出した。会長がその課題を解決する時期を尋ねると
「いろいろいきさつがありますので、おおむね3年はかかるかと」といった答えが相次いだという。この「3年」というのがミソだ。
3年経てば自分たちは次のポジションに異動しているから、課題が解決したかどうか責任を問われなくて済む。何より会長の任期は1期3年だから、そもそも3年後に会長がどうなっているかもわからない。これは引き延ばし作戦、自分たちが責任を負わずに済ませるための時間稼ぎなのだ。組織の改革というものはこうして滞る。
ところが前田会長はそれを許さなかったという。「これは半年で」「これは年内に」という具合に、課題ごとに短期間での解決を指示した。「それはちょっと……」と抵抗する責任者たちに
「これは君たちが自分で出した課題だろう。だったら解決できるはずだ」とあくまで短期間での実施を求めた。幹部たちからは怨嗟の声が上がったが、職員の中には
「これでNHKも変わるんじゃないか?」と期待する声もあると聞く。
「職種ごとではなく一括採用に」という前田新会長の人事制度改革案
その前田会長が唯一自ら発案した改革案があるという。それが「人事制度改革」だ。あまり知られていないことだが、日本の放送局の中でNHKは唯一、職種ごとの採用を行っている。
記者、ディレクター、アナウンサー、映像取材(カメラマン)、映像制作、映像や音響のデザイナー、技術、経営管理、といった具合に別々に採用する。それぞれの職種で採用された職員は、通常その職種をずっと続けながら専門的なスキルを磨いていく。
希望しない限り職種が変わることはまずないから、部署も、報道なら報道、番組制作なら番組制作にずっととどまることになる。だからNHKというよりその部署に所属しているという意識が高まりやすい。これはしばしば縦割りの弊害を生む。
民放は違う。新入社員は一括採用され、研修後に記者やディレクターなど最初の職種が決まる。記者の仕事を続けていても、ある日の異動で突然、営業職に回ることもある。普通の会社はおおかたそうだろう。
前田会長の目には、
「職種ごとの採用といっても、採用してみないと適性はわからないじゃないか。普通の会社と同じ一括採用でいいではないか」と映ったようだ。
「やってみてダメなら戻せばいい」と、2021年度からさっそく一括採用に切り替えるよう号令をかけたと聞く。
おそらくNHKに来てすぐに強固な縦割り人事構造の弊害に気づき、その改革の必要性を感じたからではないだろうか? 組織は人事で動く。だから人事制度に手を付けるというその考え方は理解できる。
だがNHK内部では、これはとてつもなく大きな波紋を呼び起こした。何十年と続いてきた人事制度を抜本的に変えるのだ。今の幹部職員もみな何らかの職種ごとに採用され、その部門で頭角を現してきた。
人事制度改革を、一括採用を何とか思いとどまってもらいたいという声が職場内に満ちたという。