「高校でグレてしまってからは、両親との仲もさらに険悪になっていった。高校卒業後は、逃げるように上京しました。といっても、学費なんて出してもらえないし、成績もよくなかったので、通信制の美容専門学校に通いました。ひとり暮らしのためのお金をバイトで稼ぎながら、奨学金を借りて学費を払って。けれどやっぱりバイトばかりしてしまって、専門学校の単位が全然取れなくて。1年で中退して、高卒資格で働きはじめました。
なんとか受かったのはブラックな人材派遣企業。何週間も派遣事務所に泊まり込む生活でした。周りからは”大変だね”って言われるけど、働くのは嫌いじゃないんです。会社からはやればやるだけ感謝されるし、なんていうか、もう働きすぎることには慣れてしまったし」
苦労が多かった人ほど、働くことに意欲的になることがある。労働している間は余計なことを考えないで済むとか、誰かの役に立てるならそれでいいとか……神田さんもそういった、ある種のワーカホリック状態になっているようだった。
「人材派遣で働いていた時は、週に1回も休みは取れませんでした。毎日朝の7時から、深夜の3時過ぎまで働いていたので、会社に住んでいるようなものでしたね。とりあえず文句を言わずに働いていたからか、24歳の頃には中間管理職にまで上りつめて、年収も600万円ほど稼げるようになりました。学生からずっと極貧生活だったから、お金が持てることは嬉しかったけど、物欲がまったくないので、飲み代にばかり使っていました。友人や後輩の飲み代も、今でも全部負担します」
人並み以上に稼ぐようになっても、自分のためにお金や時間を使おうとは思わないのだという。長男で、小さい頃から我慢をすることに慣れすぎてしまったからだろうか。利他主義で優しく、それゆえに無欲なようだった。
「たった30年も生きていないけれど、誰かに期待しても、どうにもならないことが多い社会に生きているんだと、しみじみ感じています。だから、恋愛もする気にもならないんです。誰か一人に期待して、頼ってしまうのが怖い。どうせ自分には無理なことだ、関係のない話だと思って生きている方が楽なんです」
しかし、聞いているとED症状はシンプルに過労から来ているような気もする。生活習慣さえ変えれば改善するのでは、と提案しても、彼は静かに首を横に振る。
「今は自分で触ったって勃たないし、いけない。でも、男性的な機能がなくなった時は、正直ほっとしてしまったんです。これで性欲から開放される。どうせ叶わない夢を持たずに済む。性欲があれば、異性を求めてしまう。でも、こんなデブに需要がないことは分かっているし、手に入るかもわからないもののために努力をしている時間もないんです。
今まで3人の女性とお付き合いして、最後の1人にはEDを理由に振られました。どの子も来る者拒まず、去る者追わず、というスタンスです。でもこれでさすがに、今後は告白されることもなくなるんじゃないかと思います。EDだということも、周りにも公言していますから。EDになってよかったと思っています」
まるで人生100年生きた老人のような、疲れきったコメント。何が彼をそこまでさせてしまったのだろうか。生まれた家庭環境か、若いうちに挫折が多かったからなのかーー。仕事ができたから管理職になったのだろうし、人並み以上にお金をもらっているのに、彼はまったく自分に自信を持てない、もはや持ちたくないようにすら見えた。「高望みをしない」ことで、ずっと守ってきた何かがあるのかもしれない。辛い家庭環境や社会に耐え、今もブラック企業で働く彼の異常な精神力の源は、彼のこういう悲しい努力ゆえなのだ。
年収600万円あっても、彼はいまだに5畳1間で家賃4万円の家に住んでいるそうだ。仕事に明け暮れ、お酒を飲んで溺れるように眠ってしまえば、それで幸せなのだという。
<取材・文/ミクニシオリ>
1992年生まれ・フリーライター。ファッション誌編集に携ったのち、2017年からライター・編集として独立。週刊誌やWEBメディアに恋愛考察記事を寄稿しながら、一般人取材も多く行うノンフィクションライター。ナイトワークや貧困に関する取材も多く行っている。自身のSNSでは恋愛・性愛に関するカウンセリングも行う。