誰が「大阪市」を守ったか──組織と個人の戦いだった「都構想」住民投票

都構想否決直後、取材に答える川嶋議員

都構想否決直後、取材に答える自民党の川嶋広稔・大阪市議。テレビでは、公明党府本部の佐藤代表が敗戦の弁を述べていた

市議の実感「自民党が勝ったわけじゃない」

「これは市民のみなさんの勝利。自民党が勝ったわけじゃない。そこを私たちは勘違いしたらあかんと思います」  大阪市廃止・特別区設置の住民投票、いわゆる「大阪都構想」の二度目の否決が決まった直後、自民党の川嶋広稔・大阪市議は言った。11月1日の夜11時過ぎ、同市東成区にある彼の事務所で向き合った時のことだ。  テレビでは、大阪維新の会代表(21日に代表辞任)の松井一郎・大阪市長、代表代行(21日に代表就任)の吉村洋文・大阪府知事、公明党大阪府本部代表の佐藤茂樹・衆院議員が並んで会見し、松井が「敗因は私の力不足」「これほどの問題を提起できたことは、政治家冥利に尽きる」と、前回2015年の橋下徹市長(当時)と寸分違わぬことを述べていた。  10年余り前、府議だった松井が「都構想をやろう。ワン大阪や」と持ち掛け、府知事だった橋下が乗ったところから始まった都構想。それが僅差とはいえ、二度にわたり否決されたことは、市民の多数が大阪市の廃止を望んでいないというシンプルな事実と同時に、この間、大阪を席巻してきた維新の政治手法と、それに追随する在阪マスメディアの報道の限界をも示したと私は考えている。  市民が必要性を感じてもいなかった事柄を政治家や政党が自らの思惑で争点化し、賛成か反対かと迫って分断・対立させる。マスメディアはその問題設定を疑うことなく、推進側である首長の発言や議会の駆け引きなどの政局報道にばかり熱を上げる。こうした「上からの民主主義」に対し、「そんなものはいらない」と市民が拒否した結果ではないか、と。

結果が意に沿わねば従わない維新

 今回の住民投票は、「組織」対「個人」の戦いだった。  政党の論理と事情で人を動かし、府市で作る「副首都推進局」を使って世論誘導を図る賛成派に対し、反対派には、全体をまとめる組織もなく、前回の柳本顕・元大阪市議のように、先頭に立つ象徴的人物もいなかった。にもかかわらず、個々の市民や小さなグループが自発的に、草の根的な運動や情報発信を行い、さまざまな立場から「反対」の声が積み重なることによって、中盤まで明らかに不利とされた情勢を覆す流れができていった。そうして、大阪市を潰そうとする上からの強権的な動きを止めた。  維新の首長や議員たちは、都構想否決直後こそ、「重く受け止める」と語っていたが、数日と経たないうちに、今度は市の権限と財源を条例で府に移すと言い始めた。しかも、過去の議論で公明党が提唱したものの、とっくに消え去った「総合区」を導入し、現24区を8区にするという。自分たちがあれほど「究極の民主主義」と言ってきた住民投票も、結果が意に沿わなければ、従わない。どうしても「二重行政」の問題にして、強引に制度改変を進めようとする。これは、大阪市という政令指定都市の存続を望んだ市民の選択を踏みにじるものだ。  川嶋議員が述べた「市民の勝利」とは、具体的にどういうことか。誰が、どのようにして大阪市を守ったのか。住民投票から3週間が経つ今、あらためて振り返っておきたい。
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市民が自分で情報を取り、考え抜いた結果の勝利
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