孤独な老婦人を描く『おらおらでひとりいぐも』。老いることで得られるものとは?

『ハウルの動く城』に通ずる老いとの向き合い方

 前述した、「老いを生きることに価値を見出す物語」という点で思い出すのが、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』だ。若くてイケメンな青年との恋が描かれているというのも共通点だが、それ以上に重要なのは、主人公が突如として老婆になる呪いをかけられてしまうものの、そのことで彼女が重責から解放されるということだ。
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© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

 『ハウルの動く城』の主人公・ソフィーは、「長女の自分が帽子店を継がなければいけない」と考えており、若いはずの自分の容姿について「大丈夫よ、ハウルは美人しか狙わないから」と自虐的な物言いをしたりしていた。だが、突如として老婆になったことで、彼女は掃除婦という仕事を自分の意思で手に入れ、老婆となった自分の容姿についてハウルから悪く言われることもなかった。  やはり『ハウルの動く城』と『おらおらでひとりいぐも』の精神は「老いることは不幸ではない、むしろ、老いたことで(何かの責任から)解放されることもある」ということで一致している。それでいて、前者は「階段を上るだけでも息絶え絶えになる」といった身体的な大変さ、後者では「孤独による寂しさ」という、老いに関係するネガティブな面もしっかり描いている。どちらも、老いについてとても真摯に向き合った作品だと言えるだろう。

タイトルの意味とは?

 タイトルの「おらおらでひとりいぐも」は、宮沢賢治の詩「永訣の朝」に登場する「Ora Orade Shitori egumo」という一節から取られている。  この詩は宮沢賢治が妹を病気で亡くした時に書いたものであり、その一説の意味は「わたしは、わたしで、ひとりで逝きます(死にます)」というもの。これだけだとネガティブに感じてしまうかもしれないが、この映画ではこれまで書いてきたような「老いによる解放」というメッセージを、このタイトルに託していると言っていいだろう。  劇中ではこういうシーンがある。上京してきたばかりの若かりし頃の桃子さんは、今まで東北弁の一人称「おら」をずっと使ってきたため、なかなか標準語で「わたし」と自分を呼ぶことに馴染めずにいた。だが、定食屋で普通に「わたし」を使いこなす同じ東北出身の女性に出会い、桃子さんは少しずつ心を休めることのできる居場所を見つけていく。そして、定食屋の常連客であり、後に夫となる青年は、東京でも堂々と東北弁を使っていたりもした。
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© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

 つまり、桃子さんにとって「おら」という一人称は、ずっと故郷で馴染んでいた、そして大好きな夫も使っていた、彼女にとってのアイデンティティとも言えるものなのだ。タイトルの「おらおらで」では「私(おら)は私のままでいる」ということなのだろう。  そして「ひとりいぐも」の「ひとりで逝きます」は、「あなたは死んでしまってもうこの世にいないけど、わたしはひとりでも幸せのままで生きて、そして死にます」という、むしろ全ての人間に待ち受けている「孤独の先の死」を、ポジティブに見つめていることを示しているのではなないだろうか。やはり、本作のメッセージは、老いた人(これから老いる人)すべてに通ずる希望となっている。 【参考記事】若竹千佐子さん『おらおらでひとりいぐも』小説丸 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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