世界中から称賛されるも本国で上映中止。『パピチャ 未来へのランウェイ』で描かれた、現実にあった女性弾圧

15万人もの命が失われた“暗黒の10年”

 この『パピチャ』では、イスラム原理主義の思想が社会構造にまで組み込まれ、現実で横行していた女性弾圧を生々しく描いている。実際にアルジェリアの大学でジャーナリズムを学んでいたムニア・メドゥール監督は、自身の姿を主人公のネジュマに投影しており、序盤の大学構内で起こる出来事は、1990年代に現地の女子学生たちが日常生活で体験していたことそのままだったのだそうだ。
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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC

 1990年代のアルジェリアには“暗黒の10年”と呼ばれる期間がある。それはアルジェリア政府と様々なイスラム武力勢力との間に衝突が起こっていた期間を指しており、1992年にはイスラム武装集団が結成され、過激派によるテロで内戦にまで発展。終焉にまで何千人もの人々が国を追われ、100万人が難民となり、15万人もの命が失われた。  その暗黒の10年と、もともとあった弾圧的なイスラム原理主義の考え方と、アルジェリアの男尊女卑的な価値観が相乗的に絡み合って、特に女性たちが過酷な状況で生きてきたことは間違いないだろう。  もちろん、本作では宗教そのものを否定しているわけではない。主人公のネジュマが抵抗しているのは、あくまで宗教の名の下に行われる虐殺だ。そして、タイトルの“パピチャ(PAPICHA)”とはアルジェリアのスラングで、「愉快で魅力的で常識にとらわれない自由な女性」という意味を持つ。これは、自由を渇望し不当な迫害に抵抗する”パピチャ”そのものを描くことで、理不尽な社会への怒りをストレートに表した物語なのだ。
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© 2019 HIGH SEA PRODUCTION – THE INK CONNECTION – TAYDA FILM – SCOPE PICTURES – TRIBUS P FILMS – JOUR2FETE – CREAMINAL – CALESON – CADC

 また、本作では登場人物の体や顔に極めて近い“接写”で捉える画が多い。ムニア・メドゥール監督位よると、それは「不安定な状況の中で生きる本能」を撮影するための演出であり、観客は直感的に主人公とほぼ同じ目線で劇中の出来事を捉え、彼女の目を通して他のキャラクターを知っていけるため、映画により没入しやすくなるという効果も生んでいる。当時のアルジェリアの女性弾圧の厳しさと恐ろしさを、このドキュメンタリーのようにリアルで感情移入しやすい演出をもって提示していることも、本作の美点だ。

同様に女性の解放を描くアニメ映画『ウルフウォーカー』も要チェック!

 この『パピチャ』と同日の10月30日より、『ウルフウォーカー』というアイルランド・ルクセンブルク合作のアニメ映画が公開されている。奇しくも、過酷な状況にいる女性が自身の自由と解放のために動き出すという物語が、この両者で一致していたのだ。  『ウルフウォーカー』において、主人公である街に暮らす少女は、父のハンターとしての仕事を手伝いたいと願っているが、子どもは城壁の外へ出ることが禁じられていた。権力を持つ護国卿は彼女に調理場で働くことを強要し、少女の父でさえも「お前のためだ」と娘の気持ちを理解しないままでいる。それは中世では当たり前の価値観であっただろうし、現在でも普遍的にある女性への抑圧の構図だろう。  そうして辛い状況で生き続ける少女は、ある日森の中で傷を癒す不思議な力を持つウルフウォーカーと友だちとなる。この主人公の女の子二人がとにかく可愛らしく魅力的で、迫力のアクションも満載であるため、子どもが観ても大いに楽しめるだろう。権威主義的な男性社会への鋭い批評性にはオトナがハッとさせられるし、ジブリ作品に影響を受けながらも独創的なアニメとしての表現には誰もが見惚れるはずだ。  そして、『パピチャ』で提示されたイスラム過激派のテロは2020年の現代でも問題となっており、女性の権利や自由が脅かされる種々の事件も残念ながら起こり続けている。今なお続いている“女性の闘い”を知るという意味でも、ぜひ『パピチャ』と『ウルフウォーカー』を合わせてご覧いただきたい。 <文/ヒナタカ>
雑食系映画ライター。「ねとらぼ」や「cinemas PLUS」などで執筆中。「天気の子」や「ビッグ・フィッシュ」で検索すると1ページ目に出てくる記事がおすすめ。ブログ 「カゲヒナタの映画レビューブログ」 Twitter:@HinatakaJeF
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