ここに表情分析・観察が役立ちます。リアルタイムで買い手のバトナを推測し、ゾーパにあるであろう価格を提示したり、買い手にとっての付加価値を考えることが出来るのです。
ケースを通じて考えてみましょう。
あなたはある商品の売買交渉に望む売り手です。売り手のバトナは、2,600円です。しかし、買い手のバトナはわかりません。相場感から2,600円~3,000円の範囲で変動していると予想しています。そこで売り手のあなたは、利潤を最大にするため、「価格は3,000円です。」と買い手に伝えました。
この価格提示に、買い手が、AあるいはBの微表情―0.5秒以下の瞬間的な表情―反応をしたとき、それぞれどのようなアプローチをしますか?
Aは、眉が引き上げられ、目が見開き、上唇が引き上がる表情をしています。これは驚きと嫌悪の混合表情です。驚きは、予想外の事態に遭遇したときに生じ、嫌悪は、不快を感じたときに生じます。買い手は、3,000円を予想外かつ不快な価格と感じており、買い手のバトナは3,000円よりかかなり下にあるのではないかと推測できます。交渉を進めるには、値引きアプローチです。
例えば、「あくまでも定価ですので、もちろん、値引きさせて頂きます。2,800円でいかがでしょうか?購入量によってはさらに値引きさせて頂けます。」と言い、2,800円でも買い手のバトナに届かないときの予防策として、購入量による値引きもあり得るということを付け加えておきます。
Bの場合だったらいかがでしょうか。Bは、口角と頬が引き上げられ、唇に力が入れられています。これは幸福を抑制した表情です。幸福は、現状が快適なとき、続いて欲しいときに生じます。抑制は、自分が価格に満足していることを隠し、値引き交渉に持って行くために生じたのだと推測します。買い手は、3,000円を適正価格だと感じており、買い手のバトナは3,000円以上だと推測できます。アプローチは、価格維持でよいでしょう。
買い手が満足したところへ、さらに値引きをして継続的な顧客になってもらう手も
実際の交渉の場でこうした個別の表情を多々目にしますが、交渉のテーブルに2人以上が同席し、その2人が相反する表情をすることがときにあります。このケースで言いますと、3,000円の価格提示に対し、一人が嫌悪、もう一人が幸福表情という反応です。こうした場合は、ケースバイケースですが、多くの場合、地位が高い方、あるいは商品について詳しい知識を有している方にアプローチを合わせると、上手く行くことが多いです。
ここまでは、売り手の利潤最大化を目的としたアプローチでした。買い手の利潤を大きくするアプローチをとることも出来ます。例えば、3,000円という価格提示に対し、買い手がBの幸福の抑制で反応したとします。このとき、敢えて値引きアプローチをとるのです。こんな感じです。
「ここから特別に値引きさせて頂きたく存じます。今回の取引を期に末永い関係を結べれば幸いです。」
買い手が、3,000円で満足しているところ、さらに値引きをして、満足を倍増してもらうのです。利潤のパイの配分を買い手に譲ることを通じて、双方で継続的かつ安定的に利潤を得て行きましょう、というメッセージを伝えるのです。
今回のケースでは売り手に焦点を当てましたが、買い手に焦点を当てても同じように考えることが出来ます。
次に交渉に望む際、ぜひ相手の表情に注目してみて下さい。交渉相手の隠された意図が微表情として生じるかも知れません。
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参考文献
Elfenbein, H. A., Foo, M. D., White, J. B., Tan, H. H, & Aik, V. C. (2007). Reading your counterpart: The benefit of emotion recognition accuracy for effectiveness in negotiation. Journal of Nonverbal Behavior, 31, 205-223.
安藤雅旺(監修)NPO法人日本交渉協会(編) 『交渉学ノススメ』生産性出版 2017年
<文/清水建二>