バイオセーフティーレベル4(BSL-4)の施設「武漢ウイルス研究所」で、コウモリコロナウイルスを研究する石正麗(シー・ジェンリー)博士は、新型コロナウイルスのパンデミックで、世界中から熾烈な注目を集めました。BSL-4の施設は、高度な安全設備をもち、有効な治療のない致死的な病原体を研究しています。
パンデミックが始まった頃、多くの人が、ウイルスが誤って彼女の研究室から逃げ出したことを懸念しました。石博士はしばらく沈黙を続けましたが、研究の質問に対する答えを2020年7月15日の「サイエンス」にメールしました。(※4)
メールで、石博士はウイルスが研究所から漏れたという憶測に反撃しました。「2019年後半、原因不明の肺炎を患った患者からのサンプルで、新型コロナウイルスを発見しました。それまで、私たちはこのウイルスに接触したり研究したことはなく、存在も知りませんでした」「トランプ大統領の、ウイルスが私たちの研究所から漏れたという主張は、全く事実に矛盾します」「私たちの学業や私生活に影響し危険にさらされます。トランプ大統領は、私たちに謝罪する義務があります」と主張します。
石博士は、「過去15年間で、研究室は、3つのコウモリコロナウイルスのみを分離して培養で増やしてきましたが、そのうち人間に感染するのは、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす病原体だけ」「新型コロナウイルスと96.2%同じ遺伝子配列のものを含む、研究室が見つけた2000を超える他のコウモリコロナウイルスは、糞便サンプルや口腔と肛門から綿棒で抽出した単なる遺伝子配列です」「研究室のすべてのスタッフと学生は、新型コロナウイルスに感染していません」と強調しました。
石博士は、新型コロナウイルスはコウモリに由来し、直接、またはおそらく中間宿主を介して人間に感染したという意見に同意しています。
(※4)
Wuhan coronavirus hunter Shi Zhengli speaks out
このメールに対して、専門家でも賛否が分かれています。
ラトガース大学の分子生物学者リチャード・エブライト教授は、長い間、実験室での事故がパンデミックを引き起こした可能性について調査を求めてきました。教授は、石博士のメールに「これらの答えのほとんどは定型的、ロボット的です。中国当局と国営メディアによって作られた声明の繰り返しです」と批判します。(※5)
実はこれまでに、研究所からウイルスが流出したことがあります。以下に4つの例を示します。
1)現在、天然痘は根絶されました。米疾病予防管理センター(CDC)によると、ジャネット・パーカーさんは天然痘で亡くなった最後の人です。1978年、パーカーさんは英バーミンガム大学医学部の医療写真家で、天然痘の研究をしていた医療微生物学部の1階上で働いていました。パーカーさんは、1978年8月11日に天然痘にかかり同年9月11日に亡くなりました。調査で、建物のダクトシステムを通る空気感染、または微生物学部を訪問したときの直接感染が原因と示されました。(※6)
「ワクチンの歴史」によると、その後、世界保健機関(WHO)が、当時の医療微生物学部門の責任者ヘンリー・ベッドソン博士に、施設がWHOの基準を満たしていないことを通知していたことが発覚しました。博士は、この悲劇の罪悪感により、1978年9月6日、自宅で自殺しました。(※7)
2)1979年、ソビエト連邦スヴェルドロフスクの生物兵器施設で、炭疽菌の芽胞が作業ミスで大気中に漏出し、住民が肺炭疽にかかり、少なくとも66人が死亡しました。
「サイエンス」によると、事故37年後、アリゾナ大学生物学教授ポール・ケイム博士らは、2人の犠牲者から病原体のDNAを分離することに成功しました。すると、生物兵器施設の炭疽菌株は、抗生物質やワクチンに対する耐性を高めるための操作はされていませんでした。もし操作していたら、さらに致命的になっていたでしょう。(※8)
3)「ネイチャー」によると、2015年には、米軍が誤って、米国の少なくとも9つの施設と韓国の1つの施設に生きた炭疽菌を実験室に送ったことを発表しました。サンプルを受け取った施設は、放射線で殺された炭疽菌を受け取る予定だったため、研究所で働く人が、生きた炭疽菌を保護するシステムがありませんでした。(※9)
4)「ゲノム生物学」によると、2004年に、中国で、8人が重症急性呼吸器症候群(SARS)と診断され、数百人の疑わしいケースが隔離されました。当時の北京のWHOスポークスマンであるボブ・ディーツ氏は、「26歳の女性の大学院生と31歳の男性のポスドクの2人が、明らかに別々の事件で感染したと思われる」と語りました。どちらも中国疾病管理センターの一部である北京の中国ウイルス学研究所で働いていました。(※10)
今後、武漢ウイルス研究所で、外部からの透明性のある調査を期待します。
(※5)
Controversy Aside, Why the Source of COVID-19 Matters
(※6)
History of Smallpox
(※7)
THE HISTORY OF VACCINES
(※8)
Anthrax genome reveals secrets about a Soviet bioweapons accident
(※9)
US military accidentally ships live anthrax to labs
(※10)
SARS escaped Beijing lab twice