法を踏みにじる菅政権。日本が近代国家であり続けるために、本気で戦うべき最後の正念場<著述家・菅野完>

ゾラの肖像とともにハンストを行う菅野氏

ゾラの肖像とともにハンストを行う菅野氏

菅政権が世界史上稀に見る「危険な政権」

―― 菅野さんは菅政権による日本学術会議への人事介入に抗議し、官邸前でハンガーストライキを始めました。何を問題視していますか。 菅野完(以下、菅野):これまで日本学術会議の任免権は行政の自由裁量が認められないものとされてきました。日本学術会議について規定する日本学術会議法を見ても、内閣総理大臣に人事権を認めるその他の法律とは大きく異なる建て付けになっています。法の趣旨としては、会計検査院をモデルにしていると思います。それゆえ、内閣総理大臣の人事権は制限されて当然なのです。  このことは菅政権も十分認識していたはずです。実際、野党合同ヒアリングにおける内閣府や内閣官房の役人たちの口ぶりは、違法だとわかっていたとしか思えないものでした。つまり、「法に書いていないことをやりましたよ? それが何か?」というのが菅政権の立場なのです。  これは半年前の検察庁法改正問題と比較して考える必要があります。当時の安倍政権は既存の法解釈を捻じ曲げてまで、自分たちにとって都合の良い黒川弘務検事長(当時)を検事総長に据えようとしました。あの人事は間違いなく違法です。そのことを認識していた政府は、黒川の人事が合法であるかのように取り繕うため、後付けで検察庁法改正審議に乗り出しました。  今回の問題も、法に書いていないやり方で人事を動かそうとしたという点では一緒です。しかし、菅政権は検察庁法のときのように国会でこの問題について審議したり、法を変えようとさえしていません。安倍政権より悪質です。  菅総理はこの間、「我々は選挙で選ばれた。そうである以上、我々の方針に反対する公務員には異動してもらう」という姿勢を強調してきました。つまり、自分たちは選挙で選ばれているのだから、法に書いていないことであろうと何であろうと、自分たちの思い通りにやっていいと考えているわけです。  これでは中国共産党と何も変わりません。いや、中共政府が法改正した上で香港の民主運動を弾圧していることを踏まえれば、中国の方がまだマシと言えます。あのヒトラーでさえ、自分の独裁体制がいかに合法であるかを強調していました。  そこから考えると、菅政権は世界史上類を見ない独裁政権です。彼らは自由な市民社会の敵です。下品で教養がなく、程度の低い、腐りきった政権です。非常に危険な存在であり、決して看過できるものではありません。

学術会議のメンバーは総辞職せよ

―― 一部の学者たちは、日本学術会議は権威的な組織だとして、突き放した見方をしています。 菅野:私も率直に言って、日本学術会議には何の憐憫の情もわきません。私がもう少し頭が悪く、教養がなければ、日本学術会議を「既得権益」という言葉を使って批判していたと思います。あの組織は名誉を求めるだけの軟弱な連中の溜まり場にすぎません。  それは現在の彼らの対応を見れば明らかです。菅政権があからさまに弾圧を行ってきたにもかかわらず、彼らは政府に要望書を提出し、政府に説明を求めると言っているだけです。政府に説明を求めたり、抗議声明を出したりすれば、菅政権の動きが止まるとでも思っているのでしょうか。実に甘い考えです。  そもそもあの要望書には、回答期限や、自分たちの要望が却下された場合にどのような対抗措置に出るかといったことが書かれていません。こんなものは要望書とは呼べません。政府に抵抗しているフリをするための、アリバイ作りにすぎません。  いま日本学術会議のメンバーがとるべき選択肢は、総辞職によってあらゆることをボイコットすること、これしかないはずです。しかし、彼らが総辞職する素振りは見られません。菅政権は日本学術会議を公務員として扱っていますが、結局のところ、日本学術会議側も自分たちのことを公務員だと思っているのです。だから政府の方針に逆らえないのです。皮肉なことに、菅総理の人事介入によってそのことが露呈してしまったのです。  しかし、いくら日本学術会議が無用の長物とはいえ、私たちはこの問題を自分と無関係だと考えるべきではありません。繰り返しになりますが、この問題の本質は、総理大臣が法の運用を蔑ろにしているということです。これは学問の自由だけでなく、思想信条の自由や言論の自由など、あらゆる自由に関わる問題です。それゆえ、自分が学者ではないからとか、学術会議のメンバーではないからといって、放っておいていいということにはならないのです。  19世紀にフランスの陸軍軍人でユダヤ人のドレフュスがスパイ容疑で逮捕されるという冤罪事件が起こったとき、文豪エミール・ゾラはフランス政府の反ユダヤ主義や、裁判の恣意性を厳しく批判しました。ゾラは別にドレフュスのことが好きだったわけではないですし、利害関係があったわけでもありません。国家の横暴を食い止めるために、ドレフュスを擁護したのです。私がゾラの看板とともにハンストを行っているのは、そういう思いからです。
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「戦った気」で終わるな。本気で戦え
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月刊日本2020年11月号

【特集1】日本学術会議 言論統制は亡国への道

【特集2】国家観なき政治家に危機が突破できるか

【特集3】菅総理を揺るがす「負の遺産」




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