ホワイトハウスに何が起きたのか? 反科学主義的なボスを抱えて幽霊屋敷へと陥った合衆国政権中枢

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David Mark via Pixabay

地獄の釜の蓋が開いたとき

 合衆国大統領選が1カ月後に迫る中、大統領選名物のTV討論会が前代未聞の大混乱に陥り、トランプ氏の一方的大敗北となったことへの報道がまだ熱を帯びる10月2日朝、とんでもない速報がBloombergによって報じられました。 ”Trump Says He Will Quarantine After Hope Hicks Tests Positive for Coronavirus”2020/10/02 Bloomberg/日本語記事トランプ氏最側近のヒックス氏、コロナ陽性-専用機に同乗と関係者 2020/10/02 Bloomberg  トランプ氏の側近中の側近であるホープ・ヒックス氏のCOVID-19感染が判明し、ヒックス氏だけでなく大統領ほか多くの政権高官やホワイトハウス職員、トランプ選対、共和党幹部が濃厚接触したという報でした。CNNは、合衆国時間9月30日朝、ホワイトハウスの前庭で大統領専用ヘリ、マリン・ワンに乗り込むトランプ氏とヒックス氏ら随行員一同の映像とその後大統領専用機エアフォース・ワンに搭乗し、目的地で降機する一同を繰り返し報じていました*。 〈*Hicks seen boarding Marine One a day before news of positive test 2020/10/01(EST) CNN Cuomo PrimetimeTranscripts of Cuomo Prime Time 2020/10/01 CNN〉  ホワイトハウスでは、トランプ大統領の強い意向によって全員ノーマスク、社会的距離無しのノーガードです。来客やメディアの人間も陽に陰にマスクを外すように圧力を受ける日常で、マスクは御法度の世界がホワイトハウスでした。唯一の防御措置は、簡易核酸増幅検査装置ID Nowで迅速検査をしていることですが、幾ら検査をしてもノーガードでは、中に1人でも感染者がいれば瞬く間にアウトブレイクする可能性があります。  なおID Nowは、アボット社の製品で、PCR検査に原理はよく似ていますが別物です。ワンタッチ操作で鼻腔スワブ検体からわずか15分で結果が出ますが、条件によっては感度がたいへんに低く、感染者を大量に見落とす恐れがあると指摘されています*。また陽性者は、PCR検査で確定検査をする必要があります。筆者は、ホワイトハウスでの運用が誤っていたと考えています。 〈*アボットのコロナ検査装置、精度巡る懸念浮上-ホワイトハウスも使用 2020/05/14 Bloomberg(原典論文のプレプリントへのリンクあり)〉  まさに、映画バイオハザードで何かに噛まれた人が「たいしたことないよ」と言って仲間の中にいるようなものです。勿論、COVID-19感染者はオバケになりませんし人を襲ったりしませんが、一方でSARS-CoV-2は、映画と異なり噛まれなくても簡単に感染します。  トランプ氏は、自身のTwitterで、自己隔離に入ったことを述べました*が、その後現地時間の10月2日未明に、トランプ氏、メラニア夫人共に検査陽性であることをツイートしました**  ここまで、Bloombergのホワイトハウス駐在レポーターが自身のTwitterで報じて*から5時間もかかっていません。Twitterの威力を感じますが、実は筆者は点けっぱなしのCNNでコロナ・サヴァイヴァーであるクリス・クオモ氏がシャウトしている声で叩き起こされ、気がつきました。東海岸時間の21時でしたのでTwitterでの第一報から1時間経っていませんでした**。 〈*Bloomberg のホワイトハウス駐在レポーターであるJennifer Jacobs氏による第一報 2020/10/01 20:09 EST 〈**Transcripts of Cuomo Prime Time 2020/10/01 21:00〜(EST) CNN(番組冒頭から文字おこしを読んでいるだけでクリス・クオモ氏のシャウトが響きそうな程に臨場感がある)〉  CNNでは、ヒックス氏がトランプ氏、トランプ氏の側近らとノーマスクの三密で行動していた映像を報じていましたので、最低でもその人達は感染する可能性が強いですし、ヒックス氏自身がいつ、何処で、誰から移されたのかという問題があります。いずれにせよ合衆国三権の中枢は、ホワイトハウスを中心にアウトブレイクによって手ひどくやられ、機能を大きく損なうのは確実でした。  また筆者が特に気になったのは、74歳と高齢が故にCOVID-19の致命率が5%に及ぶトランプ氏の生命だけでなく、9月29日にトランプ氏とノーマスクで90分間対峙したバイデン氏の安否でした。バイデン氏は、77歳と更に高齢ですから、感染すれば10%程度の確率で死んでしまいます。それだけでなく、COVID-19は、多くの人で長期に及ぶ後遺症がたいへんにきついものであると分かっています。  日本時間で10月2日、筆者は、遂に地獄の釜の蓋が開いたかと考えていました。

明かされない時系列

 トランプ夫妻とヒックス氏は、現地時間の10月1日木曜日に行ったPCR検査で陽性が確認されたと報じられました。ヒックス氏は9月30日の時点で既に発症しており、ミネソタ州からの帰路のエアフォース・ワン機中で隔離されていたと報じられています。またヒックス氏と濃厚接触したとみられる随行スタッフの10月1日ニュージャージー行きが急遽中止になったとされます。既に報じられているようにトランプ氏は翌10月2日の日中には発病し、呼吸困難となった結果、同日夕方にはマリン・ワンでメリーランド州のウォルター・リード合衆国軍医療センターに搬送されています。  この感染から発病初期の時系列は極めて重要で、本人の経過だけでなく防疫をどのようにするかが大きく左右されます。しかしトランプ政権は、大統領の健康状態という合衆国では最重要の公開が求められる情報が極めて不透明“untransparent”であり、一体何が起きたのか詳細が殆ど分かりません。  このため報道各社の情報が照合され、数日かけて時系列は概ね解明されましたが、まだ分からないことが数多く残っています。レーガン大統領暗殺未遂事件から数えても、大統領の権限委譲が一時的に行われた事態は複数回あり、加えてそれらに近い事態としてブッシュ大統領プレッツェル失神事件*がありました。レーガン大統領暗殺未遂事件での情報公開遅れの反省から、これらすべてで情報は公開され、一時的大統領権限委譲も成されました。トランプ政権の秘密主義は、少なくとも過去50年間、例を見ない異常なものです。 〈*2002/01/13夜、ブッシュ大統領が、ホワイトハウスの居住棟(東翼)で、ひとりでフットボール中継をTVで観戦中にお菓子のプレッツェルを喉に詰まらせ窒息し、気絶のうえソファーから転落、顔を強打した。このとき顔に怪我をしたが、幸いに自分で息を吹き返し、ホワイトハウス内の医師団(WHMU)による治療を受けた。この事実は、顔の怪我で翌朝には報道各社の知るところとなり、情報は全面公開された。このとき、大統領は愛犬のバーニー と一緒に居たが、バーニーは何もしなかった。ローラ夫人は、別室で電話中だった。  幸い、大事に至らなかったから大統領渾身のギャグと何もしないヒドイ犬で済んだが、イラク戦争開戦前夜に最高司令官である大統領が急死という事態もあり得た。  なお余りに間抜けな話なので、何か巨大な陰謀か秘密をギャグで隠したのだという噂は根強く残っている。/ブッシュ大統領、一時失神 食べ物をのどに詰まらせ2002/01/14人民網日本語版(毎日新聞より転載):ちなみに、ローラ夫人は別室にいたのでこの参照先記事は一部誤りである〉
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トランプの感染はいつだったのか? 時系列を整理して検証する
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