ホワイトハウス採用のIHMEによる新型コロナ被害予測を読み解く。日本は「第3波」でどうなるか?

なぜか日本では話題にならない「秋の波」

 なお、予測には誤差が存在します。IHMEは、通常用いられる信頼区間(CI)でなく、不確実性区間(UI)を用いていますが、IHMEの説明によれば両者は哲学的な違いであり、運用上は同じものと考えて良いとのことです。次に95%不確実性区間を網目で加えた2020/09/01以降の予測と2021/01/01時点での各国日毎死者数を地図に示したものを示します。
IHMEによる日本の2020/09/01-2021/01/01の実績と長期予測(2020/09/25更新)

IHMEによる日本の2020/09/01-2021/01/01の実績と長期予測(2020/09/25更新)
上から累計死者数、日毎死者数、推定日毎感染者数
実線が実績、赤破線が何もしない場合=現状維持(紫破線)、緑破線は全員マスク
網目は、95%不確実性区間(UI)で信頼区間(CI)と同じと扱って良い
出典:IHME

IHMEにより、2021/01/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新)

IHMEにより、2021/01/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新)
出典:IHME

 この予測で「秋の波」では、9/15から新規感染者数が増加に転じ、10/10から日毎死者数が増加に転じた上で、11/1前後に新規感染者数が指数関数的増加を示し始めるとされています。勿論現実には時間は前後しますし規模も変化します。  本邦における「秋の波」は、IHMEによれば現時点で上記のように予測されています。  本邦は、前回指摘したように統計の品質が著しく低いために「秋の波」の開始時期を見極めるためには10月中頃に9月の統計が確定するまで約二週間の遅延時間と一週間の分析時間で三週間を要すると筆者は考えています。この遅れはたいへんに危険ですが、世界唯一のジャパンオリジナル検査抑制政策と集計態勢を未だに確立できない厚生労働省の不作為によるものです。これでシンガポール二番煎じの医療ツーリズム構想*で世界を相手に医療で儲けようと計画してきたのですから夜郎自大も甚だしいです。 〈*高度で良質な日本の医療を外国からの医療訪日外国人に提供するという医療ツーリズム構想である。長年シンガポールが中東産油国を相手に行ってきている〉 「秋の波」自体は、前回までにご紹介してきたように1918パンデミックなど、過去の経験をもとに経験的補正を予測に組み込んだ半経験的手法によって導かれています。実際には欧州で「秋の波」が始まっていること、豪州において南半球における大規模な「秋の波」が発生したこと、合衆国でも先週から「秋の波」が観測されていることから、規模については論を待つとしても「秋の波」は本邦にも来るのではないかと筆者は考えています。  本邦では、「秋の波」は話題になりませんが、BBCやCNNでは連日、秋の波襲来の報道で、既に英国とスペインでは公的介入が発動しており、フランスでも英国とスペインに遅れて介入が検討されています。  合衆国では第二波がやっと収束の兆候を見せ、日毎新規感染者数が先々週から大きく減少に転じたと喜んでいたのですが、案の定、2020/09/14頃から日毎新規感染者数が連日の上昇に転じ、「秋の波」を示しています。ただし現時点で有効な介入を行えば不発に追い込める可能性はあります。が、トランプ政権は最早全く関心を寄せていません。偉大な医療最先進国である合衆国も、大統領と政権中枢が現実逃避するとどうにもなりません。結局、合衆国市民が有権者としての責任を命で払うことになっており、民主主義の厳しさを我々に見せつけています。
合衆国における百万人あたり日毎新規感染者数 (〜2020/09/26線形7日移動平均ppm)

合衆国における百万人あたり日毎新規感染者数 (〜2020/09/26線形7日移動平均ppm)
合衆国では日毎新規感染者数のベースラインが0.00ppm、65ppm、105ppmと急増しており、第三波=秋の波は、105ppmとたいへんに高いベースラインから始まる。欧州と日本は、ベースラインが5ppm前後であり、東部アジア・大洋州諸国では日本、フィリピン、インドネシアを除く大多数の国が0.5ppm前後または0.1ppm未満である
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秋の波、日本最悪予測はどうであったか

 IHMEによる本邦に関する予測は、2020/08/28更新と2020/09/04更新の予測が最も悲観的でした。2021/01/01時点での累計死亡数は12万人であり、本邦の医療は10月の時点で瞬殺されると言って良い予測でした。ここで2020/09/04時点での本邦についての予測を示します。  IHMEは、全ての予測について実績と共に数値を保存し公開しています。従ってIHMEの記録をもとに過去の予測を再現することはできますが、筆者はIHMEが公開していた図表をそのまま引用します。
IHMEによる日本の2020/08/01-2021/01/01の実績と長期予測(2020/09/04更新)

この予測では、2021/01/01までの日本の累計死者数は現状維持シナリオで12万人を超えるとしていたので、単純に外挿すると3月頃に収束するまでに30万人近い犠牲が生じるという事になっていた
上から累計死者数、日毎死者数、推定日毎感染者数
実線が実績 赤破線が何もしない場合、現状維持(紫破線)、緑破線は全員マスクで、11月に緊急事態宣言が再発動するとしている
網目は、95%不確実性区間(UI)で信頼区間(CI)と同じと扱って良い
出典:IHME

上から日本における医療資源需要、マスク着用率、社会的距離

上から日本における医療資源需要、マスク着用率、社会的距離
期間は2020/08/01〜2021/01/01(マスク着用率と社会的距離は2020/02/04〜2021/01/01)
実線は、実測値で破線は現状維持モデルの推測値
医療資源の横実線は、上から一般病棟ベッド数(紫)、ICUベッド数(緑)
推定値の網状区間は、95%不確実性区間(信頼区間とほぼ同一)
出典:IHME

 2020/09/04公開の予測では、本邦は現状維持シナリオで11/15にロックダウン自動発動条件の日毎死亡率8ppmを超え、11/16からロックダウンとなります。結果、現状維持シナリオでは12月初旬を死亡のピークに1/1迄に12万人死亡、医療資源は、ICUと人工呼吸器が10月下旬には瞬殺で11月中には医療が事実上機能を失うという予測になっていました。  この場合、本邦の社会は11月には機能を失い、極めて厳しい状況となっていると考えられます。  幸いにしてこの予測は撤回されましたが、僅か21日でこれだけ予測が変動するのは尋常ではありません。正直言いまして、「おいおいそりゃないよ。」というのが実感です。  何故このような事が起きるのか、それは次の図にヒントがあります。2020/08/28更新と2020/09/25更新の2020/12/01時点での日毎死者数予測を地図に示したものです。両方の予測でだいたいの分布は同一ですが、極東の日本と韓国が全く正反対の挙動を示しています。
IHMEにより、2020/12/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/08/28更新)

IHMEにより、2020/12/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/08/28更新)
灰色の部分はデータ無し
出典:IHME

IHMEにより、2020/12/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新)

IHMEにより、2020/12/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新)
出典:IHME

IHMEにより、2021/01/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新)

IHMEにより、2021/01/01時点の各国日毎死者数を地図に示したもの(2020/09/25更新。本記事内再掲)
出典:IHME

 2020/08/28更新の予測では、12/1時点で本邦は世界最悪の状態になるとされ、韓国では何も起きないとされていました。  2020/09/25更新の予測では、12/1時点で本邦では影響軽微であり、韓国はかなり状態が悪いと予測されています。更に1/1時点では本邦は欧州並み、韓国は世界最悪の状態とされています。  僅か21日間の更新で、ちょうど本邦と韓国が地上の地獄に転落するという予測が入れ替わっています。  本邦と韓国の統計と現実に起きていることを継続的に監視している人間からすれば、この予測はかなりおかしいです。この予測の大きな揺らぎからIHMEによる予測の癖が分かります。この癖を理解することでIHMEほか、中期から長期の予測について利用する際に注意すべき事が明らかとなってきます。  IHMEほか、3〜4ヶ月の長期予測では、実際の統計の変化、特にトレンドの変化に追従できなくなり、予測が激変したり破綻することが合衆国の第二波の経験と今回日韓に関する予測の大きな揺らぎから見いだすことができます。この点を理解すれば、長期予測に一喜一憂して振り回されることもなくなり、存分に活用できるようになります。  今回はこれまでとし、次回は本邦と韓国、合衆国のIHMEによる予測の変化と実績を比較し、IHMEによる中期・長期予測を用いる上での留意点を論じます。次回はまず、合衆国の第二の波をIHMEが外したというホワイトハウスのラスプーチンによる批判について検討します。  トランプ大統領をはじめ政権中枢の要求に従わず、専門家として学者として絶対に筋を曲げないファウチ博士、レッドフィールド博士、バークス博士らは8月には事実上ホワイトハウスから排斥されており、9月より新たに全く専門性の違う整骨・放射線画像診断医が大統領医療アドバイザとして就任しています。この人物を筆者は、「ホワイトハウスのラスプーチン」と評しています。我らがデボラ・バークス博士は、調整官としてホワイトハウスから離れるはずがないのに、8月から全米を行脚してマスク普及の啓蒙活動に従事するという、事実上干された状態で、筆者はとても悲しんでいます。 ◆コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」新型コロナ感染症シリーズ26:統計と予測編4 <文/牧田寛>
Twitter ID:@BB45_Colorado まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題について、そして2020年4月からは新型コロナウィルス・パンデミックについてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中
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